視察ありきから事業ありきへ――「視察」の価値を最大化するために

日本企業の多くにとっては、エストニアから帰国した後が本番だろう。エストニアでインプットしたすべてを自社に報告する必要があるためだ。ここで気をつけなければならないのが、エストニアの方法論をただ単純にアウトプットしたところで、まったく意味がないという点だ。日本とエストニアの環境を比べてみると、人口規模ではエストニアの100倍であるし、国としての歴史の長さも、文化的な背景も大きく異なる。つまりエストニアの方法論をそのまま適用したところで失敗することは目に見えているのだ。エストニアのe-ID制度を参考にしたものの、普及率12.8%に留まっているマイナンバー制度がその代表例と言えるだろう。

参考にすべきは同国の電子政府やスタートアップを育んだ設計思想・マインドセットだ。なぜ世界トップレベルの電子政府を構築できたのか。なぜスカイプが生まれたのか。なぜユニコーンを次々と輩出できるのか。その答えは彼らのマインドセットにある。

たとえば、エストニアでは人々がよく「Transparency(透明性)」という言葉を口にする。約30年前、旧ソ連から念願の独立を果たした彼らは、そもそも不正ができないような仕組み、つまり情報の透明性を高めることに挑んだ。その結果、今日のエストニアでは個人にデータの主権が移り、自分の個人情報にいつ誰がアクセスしたのかを、チェックすることが可能となった。自分で情報の公開範囲も管理できるため、「誰に自分のデータを見られているかわからなくて不安」という電子政府化に際する懸念が拭い去られた形だ。

翻って日本はどうだろう。デジタルファースト法案のニュース1つをとっても、「電子化への不安」という抽象的な理由をもとに反対の声が上がっている。人間が「よくわからないもの」に不安を覚えるのは当然のことだが、不安要素をすべて具体化したうえで、透明性を持った施策を官民で打ち出すことができたのなら、状況は変わるのではないだろうか。

このように、現地でインプットした情報やマインドセットを土台に、自社の事業にどう適用できるのかを思考することは重要だ。その過程を経て抽出されたアウトプットこそ、価値がある情報と言えるだろう。逆に、数十万円の旅費をかけて持って帰るのが書籍の受け売りなのであれば、全社員に書籍を配ったほうがよっぽど効率的だ。

5月中旬には、エストニアでスタートアップの祭典・Latitude59が開催される。筆者のもとにもアレンジの依頼が数多く届いているし、エストニアを来訪する日本企業はますます増えるだろう。エストニア企業は、その先にビジネスチャンスを見いだすことができれば、きちんと向き合って話をしてくれる。だからこそ、冒頭で紹介した日本企業のように、「視察ありき」ではなく「事業ありき」でエストニアと向き合う企業が増えること、そして本質的な議論の場が増え、ますます日本とエストニアの経済交流が活発になることを願っている。

2018年のLatitude59のトークセッションの様子(写真提供:Toolbox Estonia)