中村雅也慶應義塾大学病院整形外科学教室教授
中村雅也・慶應義塾大学病院整形外科学教室教授  Photo by Hiromi Kihara

名医やトップドクターと呼ばれる医師、ゴッドハンド(神の手)を持つといわれる医師、患者から厚い信頼を寄せられる医師、その道を究めようとする医師を、医療ジャーナリストの木原洋美が取材し、仕事ぶりや仕事哲学などを紹介する。今回は第8回。iPS細胞を使って脊髄損傷の再生医療に挑む中村雅也医師(整形外科教室教授)を紹介する。

脊髄損傷からの回復
ようやく実現が見えてきた

 2019年夏、脊髄損傷治療は、希望に満ちた新たな段階に進む。

 今年の2月18日、厚生労働省が、iPS細胞を使って脊髄損傷を治療する慶応大の岡野栄之先生(生理学教室教授)と中村雅也先生(整形外科教室教授)らのチームに対して、臨床研究を了承したのだ。iPS細胞から作った神経のもとになる細胞を患者に移植し、機能改善につなげる世界初の臨床研究となる。

 脊髄は長さ約40cm、直径1cm前後の神経の束だ。脊柱管のトンネルを通り、脳からの指令を手や足などの末梢に伝えたり、逆に末梢からの信号を脳へ伝えたりする役割を果たしており、人間の顔面以外の運動や感覚はすべてこの脊髄を介して行われている。

 この脊髄がケガや事故などで傷つき、手足の麻痺(まひ)などが起こるのが脊髄損傷だ。損傷部位が脳に近いほど麻痺も広範囲に及ぶ。脳からの命令が完全に伝わらなくなる「完全型」の場合、一瞬にして手足は動かなくなり、感覚も失われる。

 日本では毎年約5000人の患者が新たに発生しており、総患者数は10万人以上。重症の場合、車いす生活を余儀なくされる。「一度切れてしまった脊髄は、2度とつながらない」というのが従来の医学の常識であり、現在は治療といっても、リハビリでわずかに残る機能の回復を目指すしかない。

 中村雅也先生は20年以上の長きにわたり、整形外科医として脊髄疾患や脊髄腫瘍の外科的治療を行うかたわら、脊髄損傷の研究に取り組んできた。

「脊髄損傷の何が厳しいかって、脳挫傷と違い、意識は正常なので、自分のおかれている状況がすべて理解できる。それなのに、人の手を借りなければ何もできなくなってしまい、その状況が一生続くのです。

 昔は、合併症を起こしやすかったので、患者さんの生命予後は短かいものでした。しかし現在は、治療法が進歩したおかげで、生命予後は健常者とほとんど変わらなくなっています。しかしその分、苦しみも延々と続きます」