過去の通り魔事加害者に見る
「強烈な被害者意識」

「こんなに苦しんでいる自分に、この社会は何もしてくれない」と怒りや不満を抱える人たちに思いやりを持って接することが間違いだ、などと言っているわけではない。ただ、そのような疎外感を持つ人たちを刺激しないようにと、腫れ物に触れるような扱いをすることは、かえって逆効果だ、と申し上げているのだ。

 世の中で自分ほど不幸な人間はいない、すべて世間が悪いんだと恨みを募らせている人に、あまりに同情的な扱いをしてしまうと、「自分は何をしても許される被害者だ」と勘違いをしてしまう可能性もある。これは大変マズい。

 社会から孤立した人の「強烈な被害者意識」が他者攻撃のスイッチになる、ということは過去の「通り魔事件」が証明しているからだ。

 例えば、わかりやすいのは1999年に起きた池袋の通り魔事件だ。10人の通行人を次々と刺し、2人の女性を殺害した新聞配達員の男は、事件を起こす前、新しい生活を求めてアメリカへ行っているが、その際に外務省宛てに出した手紙には、こんな一文がある。

「日本には努力しない人間と自分のようの努力をしても評価されない人間がいる」

 要するに、自分はこの不平等な世界の「被害者」だというのだ。そんな男の被害者意識がさらに強まったのは、アメリカで仕事を見つけることができず失意の中で帰国してからのことだ。

 ある日、自宅に無言電話があった。自分に対する同僚の嫌がらせに違いない――。そういう被害感情が湧き上がると、男の中でプチンと何かがキレた。

「努力しない人間からのいたずら電話にむかついた。世の中をあっと言わせてやろうと思った」

 そして、男は包丁と金槌を手にして、人でごった返す池袋の東急ハンズ前へ向かった。