遺言書に絶対入れてほしい「たった一行の最強ワード」とは?
本連載は、相続に関する法律や税金の基本から、相続争いの裁判例、税務調査で見られるポイントを学ぶものです。著者は相続専門税理士の橘慶太氏で、相談実績は5000人超。『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』を出版し、遺言書、相続税・贈与税、不動産、税務調査、各種手続といった観点から相続の現実を伝えています。2024年から始まった「贈与税の新ルール」等、相続の最新トレンドを聞きました。
Photo: Adobe Stock
これはやめて!「遺言書の失敗パターン」とは?
本日は「相続と遺言書」についてお話しします。年末年始、相続について家族で話し合う際、ぜひ参考にしてください。
遺言書って、本当に書くべきなんだろうか。そう迷いながら、なんとなく先送りにしている人は少なくありません。いざ書こうと思っても、「自宅は妻に」「預金は子どもたちに」といった大枠は浮かぶものの、細かい書き方になると急にハードルが上がり、「まあまだ元気だし、また今度でいいか」とペンを置いてしまう。そんなパターンがとても多いのが現実です。
遺言書の「最強ワード」」とは?
ところが実務の現場では、実はたった一行あるかどうかで、その後の手続きのラクさも、家族同士が揉めるかどうかも、驚くほど変わってしまう、いわば「最強のひと言」があります。それが、「この遺言書に記載のない財産は◯◯に相続させる」という一文です。たったこれだけのことなのですが、遺言書を書くのであれば絶対に入れておいてほしい、と言ってもいいくらい重要なひと言です。
多くの方がイメージする遺言書は、「自宅は長男に相続させる」「◯◯市◯町◯番の土地は妻に相続させる」といった具合に、財産ごとに「誰に渡すか」を個別に書き分けていくものだと思います。その書き方自体はまったく問題ありませんし、むしろ望ましいと言っていいでしょう。ただ、現実にはどれだけ気をつけて書いても、どうしても「書き漏らし」が出てきます。本人も存在を忘れていたような小さな土地、昔のまま残っているわずかな預金、名寄せして初めて分かる端っこの資産など、亡くなってから判明する財産は意外なほど多いのです。
そうした“遺言書に書かれていない財産”の行き先を、あらかじめ一括して指定しておくのが、「この遺言書に記載のない財産は◯◯に相続させる」という一文です。このひと言さえ入っていれば、たとえ遺言書に載せそこねた財産があとから見つかっても、その人がまとめて承継していくことができ、手続きはぐっとスムーズになります。細かな財産のたびに改めて話し合いを開かなくて済む、という意味でも大きな安心材料になります。
もし、「最強ワード」がなかったら?
逆に、この一文がない遺言書だとどうなるでしょうか。遺言書に書かれていないものについては、相続人全員で改めて話し合い、「誰が相続するか」を決める必要が出てきます。家族仲が良く、全員が「まあそれでいいよ」と言える関係なら大きな問題にはならないかもしれません。しかし、もともと兄弟同士の関係がぎくしゃくしていたり、再婚などで家族関係が複雑になっていたりすると、「遺言に書かれていないもの」をめぐって、そこからバチバチのバトルが始まってしまうこともあります。
たとえ金額が小さくても、「自分だけ外された」「不公平だ」「相談もなく勝手に決められた」という感情は燃えやすく、一気に相続全体の雰囲気を悪くします。実務では、何千万円という大きな財産ではなく、数十万円、場合によっては数万円の違いから感情のもつれがこじれてしまう、というケースも珍しくありません。たった一行を書いておかなかったせいで、せっかく「家族が揉めないように」と願って用意した遺言そのものの趣旨が台なしになる――そんな事例を、現場では何度も目にしてきました。
こんな悲劇が! 実例紹介!
実際にあった例を一つご紹介します。ある方の遺言書には、「◯◯市◯丁目◯番の土地は長男に相続させる」と、地番まできちんと指定して記載されていました。一見すると、とても丁寧でしっかりした遺言書です。ところがよく調べてみると、その土地と道路の境目に、ごく細い“道路側の土地”が別筆で存在していたのです。
ここでいう「別筆」とは、登記上は本体の土地とは切り離された、もう一つの独立した土地として登録されている状態を指します。いわゆるセットバックが必要な細い道路沿いの土地でよく見られるのですが、道路との境に、ごく小さな帯状の土地が、別個の土地としてくっついているパターンです。この細い土地のことが遺言書には一切触れられておらず、その部分だけ「誰が相続するのか」が決まらない状態になってしまいました。
その結果、その土地全体を売却したくても、道路に接している端の部分の名義を誰にするのかをめぐって相続人同士の話し合いがまとまらず、登記が進まず、土地を売りたくても売れない状態が何年も続くことになりました。もしこの遺言書に「この遺言書に記載のない財産は長男に相続させる」という最強のひと言が入っていれば、その細い土地も自動的に長男が引き継ぐことになり、わざわざ協議を開かなくてもスムーズに売却まで進められたはずです。
どれだけきちんと書いたつもりの遺言書でも、人が書く以上「漏れ」は必ず起こり得ます。その漏れをまるごとカバーしてくれる保険のような役割を果たすのが、「記載のない財産は◯◯に相続させる」という一文です。だからこそ、遺言書を作るときには、まずこの一行を“最強のひと言”として必ず差し込んでおくことを、心からおすすめしたいのです。
(本原稿は『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』の一部抜粋・加筆を行ったものです)







