「ところで、あなたの友人のハンサム君はいつ中国から帰ってくるの」
ロバートがすでに日本、それもここから数十メートルの場所にいることは知らないらしい。
「彼はユニバーサル・ファンドの資金の出所を調べるために中国まで行ったんでしょ。そんなの決まってるのにね。でも、それも今だから言えることで、私も初めて知ったときには最高に驚いた」
森嶋は疲れ切った顔のロバートを思い浮かべた。午後になって何度か電話をしたが、携帯電話は切られていた。
「もし、総理が首都移転を本気で考えているとすれば、発表はいつになるの。着工は数年あとになっても、発表だけは早い方がいいわよ。世界が日本にはカンフル剤が必要だと認めてる。それも特別強力なね。手遅れになる前に」
理沙は森嶋に目を向けたまま軽く息を吐いた。
「遅くても来年の初め。それまで日本はもってるかどうか分からない」
そのとき森嶋の身体がびくりと反応した。店のどこかで女性の悲鳴に近い声が上がった。
「地震ね。ちょっと激しいわね」
理沙が、コーヒーカップを口に運びながら言った。
天井のライトがゆったりと揺れている。
窓の外を見ると、通りを歩いている人たちが立ち止り、辺りを見回している。
森嶋は日本に帰って数十回経験したはずだが、まだ慣れることが出来ない。
揺れは数秒続いて引いていった。
「最近、多いわね。これって、前の地震の余震かしら。それとも、大きなのが来るっていう前兆なの」
理沙が言ってから、肩をすくめた。
「こんなのが頻発すると、日本はますます世界から敬遠されるわね」
「明日の正午、高脇たちがなにか発表するらしいですよ」
「あの地震学者と連絡が取れたの。今、どこにいるの」
「神戸の京スーパーコンピュータのある研究所です」
「誘拐されたり殺されたんじゃなかったんだ。人騒がせな人ね。なにか重要なことが分かったの」
「明日の発表を聞いてください」
「分かった。総理と殿塚さんとの関係、何か分かったら教えてね。必ず何かあるのよね」
じゃ、そろそろ行かなきゃ、と言って理沙はスツールから立ち上がった。森嶋の肩に軽く手をおくと歩き始めた。
理沙さん、と森嶋は呼びとめた。
「総理とのパイプはありますか」
理沙が振り返って不思議そうに森嶋を見た。
「ないこともないけど」
「会って話したほうがいいですよ。首都移転について新情報があるといえば会ってくれるはずです」
「新情報って」
「殿塚さんの名前を出せばいいです。話の内容なんてどうでもいい」
「有り難う」
理沙は森嶋に向かってウインクすると店を出ていった。