森嶋は、その日は早めに役所を出た。
仕事の間中、マンションで寝ているはずのロバートが気にかかった。中国政府が関係している。ロバートの言葉も頭から離れなかった。このまま自分の中に納めていていいものなのか。上司に相談すべきか。自問したが答えは出ていない。
マンションの前で携帯電話が鳴り始めた。通りを隔てたコーヒーショップに目を向けると、窓際の席で理沙が携帯電話を耳に当てて森嶋の方を見ている。
森嶋は理沙のところに行った。
「すっかりここが気に入ったようですね。そんなに美味いコーヒーとは思いませんが」
「あなた、自由党の殿塚議員と会ったでしょ」
理沙は森嶋の言葉を無視して鋭い視線を送ってくる。
「そんなこと、誰から聞いたんですか」
「質問してるのは私よ」
「どうしても答えなきゃダメですか」
「道州制のことでしょ。首都移転と絡める気なのね」
「理沙さんは経済部の記者でしょ。畑違いだ。まあ関係が全くないとは言いませんが」
「総理が殿塚議員と会ったって情報があるの。あの2人が会うってことは、首都移転と道州制のことしかないでしょ」
森嶋は昨夜、殿塚と別れたあとの村津の言葉を思い出していた。今ごろ、総理から電話がいってるだろう。
「どこで会ったというんですか」
「国会内よ。2人だけで会ったって噂になってるわ」
「だったら、僕が知ってるわけないでしょ」
「あなたはウソがつけないって言ったはず。でも、2人がこの時期に会うというのはいいタイミングよ。与野党共同でなにかやるらしいって市場に思わせるの。明日の為替は円高に振れる。ただし、他にもっとインパクトのある何かが起こらなければね」
理沙は意味深長に言って、森嶋を見つめている。
「でも、やっと政府も本気で根本的な手を打つことにしたのね。それが首都移転なんて、本当に驚き」
理沙はしゃべりながらも森嶋から目を放さない。
「反対派の抵抗はすごいわよ。だいたい、都民が黙っていない。最強、最高の看板を外されるんだから。でも、東京以外にどこに移すっていうの。以前候補になった4地区のうちの一つなの」
「そんなこと、僕が知るはずないでしょ。僕は――」
「あなたは一官僚にすぎないのだったわね。その官僚が一夜にしてスポットライトを浴びるというわけね」
理沙は1人でしゃべり続けた。それでいて、森嶋の反応を見ているのだ。森嶋は極力、感情を表に出さないようつとめた。