入居者が動物の世話をする
画期的な高齢者向け賃貸住宅
「農家で育ったから豚や牛や馬、それに鶏を子どものころからずっと見てきました」と話しながら、豚のえさを混ぜるマリアさん。えさが出来上がるとバケツを手にして、豚の飼育室に持っていき、えさを与える。慣れた手つきだ。
今度は隣の部屋に向かう。20羽ほどの鶏の群れをかき分け、産んだばかりの卵を溝から取り出す。傍らで経営者のウィドゥ・プッシュさんが手伝う。
ここは、ドイツのボンから南東に車で約1時間、農村地帯のマリエンラッハドルフ。ピンク色の壁が異彩を放つ建物が、高齢者向けの賃貸住宅「プッシュ」である。ドイツでは、WG(ボーンゲマインシャフト WohnGemeinschaft)と呼ばれる「共同住宅」である。介護保険で入居できる介護施設が高額なこともあり、「住まい」の新たな選択肢として急速に広まりつつある。
でも「プッシュ」は、単なるWGではなく、「農場ケア」を取り入れた画期的な住宅である。
代々続く農家のプッシュ家が、8年前に大改装して17人が入居できる集合住宅に衣替えした。普通の集合住宅と違って、さまざまな動物を飼育しており、入居者たちがその動物の世話をする。
少し認知症が進んでいる87歳のマリアさんもその1人だ。
豚のえさ作り作業の合間に「ロシア人がやってきて馬を盗もうとしている。だから、これから馬を閉じ込めないといけない」と話し出す。しっかり覚えている記憶だけがよみがえってきている。認知症の人によくあることといわれる。
マリアさんは、ポーランド生まれだそうで、小さい頃の体験が忘れられないのだとスタッフが教えてくれた。でも話しぶりは落ち着いており、怖がってはいない。同じ言葉が繰り返されているのかもしれない。