農場ケアのきっかけは祖母の言葉
「私はここで亡くなりたい」

プッシュ夫妻プッシュさんの妻と母親

 ではプッシュさんは、なぜ集合住宅付きの「農場ケア」を始めるようなったのか。

 彼は45歳。250年前に建てられたこの古い農家で育った。そして先祖代々、ずっと動物に囲まれ、この家で農畜産業を営んできた。

 15年前のある日のこと。同居していた祖父母を交えて家族会議が開かれた。体調を崩していた祖母が「私はこれからもこの家で住み続けたい。そしてここで亡くなりたい」と話し出した。

 その気持ちを受け入れるにはどうしたらいいか。話し合いが始まった。

マリアさんの部屋マリアさんの部屋

 プッシュさんが「そのためには、ここをケアサービスが付いた高齢者向けの住まいに変えればいいのでは。介護や看護スタッフがいれば、おばあさんが暮らしていける」と提案したという。つまり、家族のために始め、その延長線で事業になったということだ。

 マリアさんの居室を案内された。

 2階へ上がる階段は少々窮屈だ。大幅な改築の結果だろう。マリアさんの名が書かれたドアを開ける。壁際にベッド、白いクロスのかかった丸テーブル、背もたれのゆったりした椅子などが10畳ほどの部屋に並ぶ。こざっぱりした気持ちのいい空間だ。テラスに出ると、中庭が見下ろせる。

リビングルームでまどろむ高齢者と黒猫リビングルームでまどろむ高齢者と黒猫

 階下の食堂では、車いすの女性が1人でジュースを飲んでいた。隣の部屋を覗くと、色とりどりのソファが壁沿いにコの字型に並ぶ。その1つで老婦人が仮眠中だ。すぐ横では黒い猫が、じっと前を見ていた。

 いずれも、普通の家そのものの場面である。のんびりした田舎町の穏やかな光景だ。人工的な画一的な作りの大型施設とはまるで違う。プッシュさんの祖母が離れたくなかったのも分かるような気がする。