ハンセン病家族訴訟の原告団長の林力ら元ハンセン病患者の家族への国の賠償を命じた熊本地裁判決を受け、撮影に応じるハンセン病家族訴訟の原告団長の林力(右から2人目)ら。首相の安倍晋三は控訴見送りを表明した Photo:JIJI

 参院選が序盤戦から中盤戦に差し掛かった7月9日午前8時40分すぎ、首相官邸の玄関ホールに現れた首相の安倍晋三をテレビカメラと記者団が取り囲んだ。安倍はかみ締めるように話し始めた。

「今回の判決内容については一部に受け入れ難い点があることも事実だ。しかし、筆舌に尽くし難い経験をされたご家族の皆さまのご苦労を、これ以上長引かせるわけにはいかない。その思いの下、異例のことではあるが、控訴をしないこととした」

 6月28日、熊本地裁は元ハンセン病患者の家族に対して国の賠償を命じる判決を言い渡した。控訴期限は7月12日。控訴するかどうかの判断は所管官庁の厚生労働省や法務省レベルを超えて首相マターの重要案件に位置付けられた。安倍はかなり早い段階で「控訴せず」を決断していたのではないか。参院選公示日の前日、7月3日に行われた党首討論ではこんな発言をしている。

「患者、家族の皆さんは人権を侵害され、つらい思いをしてこられた。どういう対応を取るか真剣に検討し判断したい」

 さらに安倍の決断の背景には自身の体験が大きく影響していたのは間違いないだろう。安倍が官房副長官として仕えた当時の首相、小泉純一郎の決断だ。小泉が首相に就任してまだ約1カ月という2001年5月23日夕、大方の予想に反して、今回と同じ熊本地裁が出したハンセン病患者・元患者の原告勝訴判決に対して「控訴せず」を表明した。

「私はハンセン病対策の歴史と患者・元患者が強いられてきた幾多の苦痛と苦難に思いを致し、極めて異例の判断だが、あえて控訴を行わないことを決定した」

 小泉は同年4月に実施された自民党総裁選で「自民党をぶっ壊す」など型破りの発言で圧勝。内閣支持率は8割を超える驚異的な“ロケットスタート”を記録した。さらにハンセン病訴訟の「控訴せず」は国民世論に衝撃を与え、小泉人気は不動のものになった。

 この年も7月に参院選が行われた。当時の外相、田中眞紀子とのコンビによる「小泉劇場」は全国どこで遊説をしても有権者が押し寄せた。平成の時代に入ってから参院選では苦戦続きの自民党が64議席を獲得、大勝した。