オーナーは社長の解任も考えますが、会社が混乱することだけは避けなければならないと、考え直します。それでも会社の売却は避けられないことを社長に伝え、買い手企業を探すことを指示しました。社長の探した買い手企業の中でもっとも高い3億円を提示したB社を譲渡先に決定します。

高く売れて喜ぶのはオーナーだけ

 オーナーと経営者の利害は基本的に相反します。

 日本の中小企業の場合、オーナーと経営者が同一人である「オーナー経営者」が多いため、オーナーと経営者との間での利益相反が生じることはあまりありません。しかし、ひとたび利益相反が生じると、大問題に発展しかねません

 オーナーと経営陣が蜜月で一体感があれば、事業遂行のメリットになる売却先を一緒に検討するケースもあります。しかし、ほとんどの場合、両者の思惑は乖離します。

 その場合、オーナーが勝手に売却を進めたとしても、現場は拒否できません。ただし、売却先に唯々諾々と吸収されるのをよしとせず「だったら辞めてやる」というのは従業員の自由です。
 そうなると事業を継続することが難しくなり、買い手企業にとっても買収して得られるはずだったシナジーは期待できません。

 オーナーが売却先探しを経営者に任せるという信頼関係がある場合でも、問題は横たわっています。
 買い手企業傘下に入ったとしても、経営者は引き続き事業の指揮にあたるわけで、M&A以降は、買い手企業と利害が完全一致することになります。
 そうなると、買い手企業グループの一員として利益を上げて評価されたい、自らも現場の社員も評価を獲得したいと考えるため、M&A前の交渉においても買い手企業に有利になるように動きたいという心理が働いてもおかしくありません。

 高い金額で売却が成立すると、喜ぶのはオーナーだけで、買収金額を回収しようとする買い手企業で厳しい経営目標が課されるのは残った現場社員です。
 ここにオーナーと経営者の利益相反の大きな要素があるのです。