逮捕から3年弱を経て下された判決
主文。被告を懲役13年に処す。ただし、未決勾留日数中810日をその刑に算入する。(証人請求など)訴訟費用は被告の負担とする。
検察側の求刑は懲役16年だった。量刑だけを見ると、よくある「求刑の8掛け判決」なのだが、810日を差し引くことで、今後刑に服するのは実質11年弱となる。
事件が起きたのは2016年8月20日、夏休みも終わりに近づいた日曜の朝のことである。被害者である被告の6年生で12歳の息子が、約束の時間に起きず、朝食もだらだら取っていた。そこで、被告である父親が背後から羽交い絞めにする形で刃渡り約18cmの包丁で脅したが、気が付いたらそれが息子の胸に刺さっていたというものだ。
被告は息子を抱きかかえて、自宅すぐ近くにある総合病院に運びこむが、救急搬送されたのち、息子は失血死してしまった。
被告はその時点で逮捕され、同月23日には身柄を送検されている。本件は裁判員裁判である。初公判が開かれたのは2019年6月21日で、未決勾留期間は2年10ヵ月、1000日を超えた。
公判前整理手続が長期化したのは、「殺意はなかった」として本件を殺人事件ではなく、傷害致死罪に問うべきという被告側の主張と、犯行時の被告はアスペルガー症候群で、刃物で脅すなどする行為はそれに基づくものといった鑑定が出たことも影響している。
被告の犯行時の記憶がない、といった様相は大岡昇平の大ベストセラー『事件』を彷彿させる。
弁護側は情状の酌量ではなく、事実関係を争う姿勢だった。判決後も、「本人次第だが」と前置きをして、控訴の意向を漏らしている。
判決では、司法解剖の結果、深さ9cmの刺創が右心房に達し、胸骨を切りこむほど強い力がかかっていたことから、過失という主張を否定している。もっとも、防御創は見られず、抵抗した跡も確認されていない。
犯行時に心神耗弱だったという主張に対しても、責任能力の著しい低下は認められないとして退けている。
ブルーのネクタイを締めた華奢な被告(51歳)は、逮捕時に比べて10歳は老け込んで見えた。
裁判長の朗読が犯行時の様子に差し掛かったところで、パーテーションで囲われた検察側の後ろから嗚咽が漏れてきた。被告の元妻であり、被害者の母親である。事件当時、母親は仕事に出て不在だった。警察から連絡を受けたとき、息子はすでに亡くなっていた。公判では被告の厳罰化を求めている。
法廷では教師に引率された高校生など、幅広い年代の傍聴人が判決公判に耳を傾けていた。被告が「ハイ」と甲高く短い言葉を発したのは、「控訴をする場合は」という説明を受けたあとだけだった。元妻の嗚咽に顔を向けることもなく、裁判長が判決理由を朗読する間も、魂の抜け殻のように身じろぎもしなかった。