荷川取監督は沖縄尚学の内野手として99年のセンバツに出場し、優勝。2004年から松山聖陵の監督に就任し、寮で部員と一緒に寝食を共にしていた。

 荷川取監督は2ヵ月の謹慎処分を受け、コーチの中本恭平氏が監督代行として采配を振るった。

 このほかにもセンバツに出場した龍谷大平安(京都)の顧問も、部員への暴力があったとして3ヵ月の謹慎処分となり、ベンチ入りできなかった。

 こうした強豪校だけでなく、相変わらず監督の暴力に関するニュースが途絶えることがないのが現状だ。

投球数制限に進展なし

 投手の肩や肘の故障を予防するため、投球数を制限する日本高野連の動きも鈍い。

 新潟県高野連は昨年12月、甲子園に関係しない今春の新潟県大会で、投球数が100球に達した投手を次のイニングから登板できないとする独自の方針を決めた。故障予防や選手の出場機会を増やすのが狙いで、昨年の18歳以下のアジア選手権でも採用されたルールだ。

 日本高野連も昨春のセンバツから選手の負担軽減などのため、延長13回以降タイブレークを導入したが、新潟県高野連はさらに踏み込んだ。

 この方針が表面化して今年1月、日本高野連が新潟県高野連から経緯について説明を受けたが、日本高野連では否定的な意見が相次いだとされる。

 日本高野連は2月の理事会で「勝敗に影響を及ぼす規則は全国で足並みをそろえて検討すべきだ」などとして、新潟県高野連に再考を要請。