間近で見た
小泉の意外な素顔

 ここで田村が指摘するのは、長期政権に必要な2番目の資質である「首相になる準備ができていたかどうか」ということだ。

 宇野宗佑(第75代)、細川護煕(第79代)、海部俊樹(第76、77代)などは、いずれも短命内閣として知られる。宇野と海部は、竹下登内閣の時に起きたリクルート事件(1989年)の余波で、首相候補に軒並み土がついたため、首相の椅子が巡ってきている。

「誰も、宇野や海部が首相になるなんて夢にも思っていなかった。こうした時流だけは誰も読むことができない」と、当時を知る元議員も現職議員も口をそろえる。

 かつての自民党総裁選は、まさに首相の椅子をつかむための選挙だった。権謀術数が張り巡らされた苛烈な戦を、緻密な戦略と強力な運で勝ち抜いた者だけが、首相の椅子に座ることができたのだ。

 そういう意味で、海部や宇野、森も含めた短命内閣の主は「自分自身も首相になると思っていなかったのではないか」と、見る向きは多い。

 安倍も最初に首相に就任した時は(第一次安倍政権)、1年の短命で終わっている。この時は、首相になる準備が完全にはできていなかったからだというのが、田村の見立てだ。

 小泉は安倍を引き立て、後継にした。しかし、同時に負の遺産をも引き継いだ。圧倒的な人気を誇り、しかも、惜しまれつつ退場した小泉の後では、どうしてもかすんで見えてしまうことは間違いない。また、小泉には「郵政民営化」、すなわち「官から民へ」という強烈な政策的信念があり、政敵を次々と追い落とした。

 郵政選挙の4年後、自民党は下野に下るのだが、この時の選挙で小泉が元首相として全国遊説した時、田村が随行していたという。その時、田村は、表の顔とは全く違う小泉の寡黙ぶりに接し、驚嘆したという。