野党側は、地方区で「反自民」の統一候補を擁立して戦ったが、共同戦線を重視するあまり、野党間の政策の違いなどを目立たせないように、お互いに忖度し合っている様子が報道されたこともあって、挑戦者としての「新鮮さ」を失った。

 森友・加計学園問題で自民党と官僚の「忖度する体質」を批判してきた野党だったが、選挙戦では自らそれに重なるイメージを有権者に抱かせてしまった感がある。

 これとは逆に、「れいわ」は山本代表が、反自民の合従連衡のフィクサーのようなイメージが染みついた小沢一郎氏と袂を分かったことは、「れいわ」のしがらみのなさをアピールするのに成功した一因だろう。

 山本代表は街頭遊説で役者としての特性を生かし、路上ライブのようなパフォーマンスで聴衆の心をつかんだことが話題になったが、どぶ板選挙が基本と考える小沢氏のような古いタイプの大物と組んでいたら、相手を立てないといけないので、それほど自由にやれなかったかもしれない。

 加えて、当選確実といわれた東京選挙区からの出馬を他候補に譲って自分は比例に回り、しかも重度の障害者である他の2人の候補を自分より上位に置いたことは、ある種の潔さを印象付けることになった。

 N国が、NHKのスクランブル放送化を実現すれば解党すると宣言していることも、悪ふざけのようだが、潔さと取れなくもない。こうした潔さのイメージは既成政党にはないものだ。

国会の“共闘”では好対照
節操なく連携と野党と一線

 しがらみのなさ、品のなさを売りにする点では似ている両党だが、それを目的実現のためにどう生かしていくかという点ではむしろ対照的だ。

 選挙後、国会内の院内会派結成など、他党との共闘をめぐる動きは正反対だ。

 N国は、NHKのリベラルな報道姿勢に不満を持つ保守層の支持を取り込んだが、問題発言や内紛が原因で所属政党を離れた保守系の議員に入党や連携を働きかけ、7月30日には渡辺喜美参議院議員と新会派「みんなの党」を結成した。

 理念や政策は違っても、NHKのスクランブル放送化さえ賛成してくれれば、あとはどうでもいいという姿勢だ。これこそが永田町の現実だとばかりに開き直って、節操のなさなどは意に介さずやりたいことだけをする、アイロニカルな戦略だといえる。