橋龍と安倍の運営スタイルは
どこか似ている

 約40年間を自民党本部に捧げ、16人の首相に仕えた田村が、個人的にもっとも忘れがたい首相として挙げたのは、橋本龍太郎(第82、83代)だ。

 橋本はエリート風に見えて、実は情に篤い側面もかなりあった。今も、国民からのファンレターにせっせと返事を書いている橋本の姿が目に浮かぶと、田村は微笑む。そして、「政治は弱者のためにある」という信念の基に行動した。

 政策などは全く違うが、田村は、橋本政権(1996~98年)に、安倍政権の運営スタイルの原型をたびたび見るという。

 たとえば橋本首相は当時、弱冠39歳の、旧通産省の官僚だった江田憲治(現・立憲民主党)を政務秘書官に抜擢し、行政改革を断行させている。メディアから江田が、「橋本のお小姓」呼ばわりされていた記憶も、今井秘書官とダブって見えてしまう。

 ただ、時流は、橋本に味方しなかった。住専問題や外交問題に足をとられ、参院選で惨敗。退陣に追い込まれた。2001年の総裁選で首相に再チャレンジするが、小泉に敗れた。

 最近、安倍が四選に強い意欲を見せていることは前稿でも触れた。そう見られてしまう理由に、「安倍は、後継者を育成していない」ことが、しばしば挙げられる。

 しかし、それも少し違うと田村は言う。

 次の首相の候補として、岸田文雄・元外相(岸田派会長)や石破茂(水月会会長)、菅、加藤勝信・元厚労相などの名前が定期的に挙がるが、いずれも、強い個性や、首相に向けた準備をしているようには感じない。