「正義の人」の思考回路は
恐ろしく短絡的である

 うまく返事ができなかったというだけで、朝鮮人として集団リンチする。サングラスと服装が似ているというだけで「ガラケー女」としてネットリンチする。ツールや手法に若干の違いはあるものの、令和の日本人も大正の日本人も、基本的にやっていることは何も変わらないのである。

 事実、宮崎容疑者の名前についても指名手配で公表される前は、「金村竜一」という朝鮮出身者の通名を連想させるようなヘイトデマが流れていた。

 では、この100年経っても変わらない「正義のリンチ」からいったいどんな教訓が得られるのかというと、「正義を掲げる人ほど、まったく無関係な事象を組み合わせて物事を考えがち」ということだ。

 世の中には滑舌の悪い人もいれば、発音が独特な人も山ほどいる。無口な人もいる。それなのに返事をしないから朝鮮人というのはあまりにも飛躍した論理だが、当時の自警団は理にかなった確認方法だと信じていた。また、少し冷静に考えれば、サングラスと服装がちょっと似ているのと、犯人の男がインスタをフォローしているというだけで「ガラケー女」だと特定するなど無茶苦茶なロジックだが、デマを拡散した人たちは、「精度の高い情報」だと信じ込んでいた。

「正義のリンチ」に走る人たちは、こういう結論ありきの強引なロジック、御都合主義的な考えをしがちなのである。

 ということは、このような人たちと向き合う時には、この強引なロジックに合わせた形で、コミュニケーションをしなければいけないということだ。

 実際に報道対策の仕事していても、それを強く感じる。例えば、「反安倍的な番組でCMを出しているので反日企業だ」と怒りのクレームを入れてくる愛国者の方に、「スポットCMの枠を買っているだけで、番組内容について介入できるような立場ではありません」などと木で鼻をくくったような回答をすると、「不自然に反安倍を擁護しているから、やはりあそこは反日企業だ!」なんて「デマ」をさらに拡散されてしまう。

 企業側からすれば、こちらはあくまでCM枠を買っているだけなので、番組の内容やどの出演者がけしからんなんて細かい話はテレビ局に直接文句を言ってくださいなというわけだが、そんなロジックは「正義の人」たちには通用しない。彼らの頭の中では、「CMを流す→その番組の内容に賛同している」という因果関係がビタッと出来上がっているので、そこを避けた回答をするというのは、「怪しい」ということになるだけなのだ。