第3章

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 夜の町を森嶋、ダラス、理沙を乗せたタクシーは走った。この時間、六本木はまだ人で溢れていた。

 ダラスは真剣な表情で町の様子を見ている。

「日本はまだまだ元気です。そうは思いませんか」

「町のにぎわいと経済の健全性とは関係ありません。バブルとその崩壊を経験したあなた方のほうがご存じのはずだ」

 森嶋の言葉に冷静な声が返ってくる。

「発展途上国の市場のにぎわいを経済の強さととらえることが出来ますか」

 たしかにその通りだ。しかしバブルのにぎわいと民衆の勢いとは違う。発展途上国は経済状況は今一歩でも、市場の活気は日本以上だ。そしてそこで生きる人々は目の輝きが違う。その国はいずれ必ず、大きな発展を遂げる。

「それに日本には経済以外の危険が潜んでいます。国と国債の評価には、その危険性も考える必要があると思いませんか。さらに重要なのは、その危険に対する政府の意識と取り組みです」

 ダラスは地震など自然災害の危険性について言っているのだ。地震、津波、そして火山と、日本には巨大な自然災害が迫っているのだ。

「純粋な経済に加えて、未知であってもその危険性を考慮して格付けをするということですか」

「それも重大な要素です。現実の日本には特にね。残念ながら日本政府には、それに対する危機感が感じられない。もしものときに、私たちは顧客にリスクを与えたくありません。そして、私たち自身にもね」

 リーマンショック以後、格付け会社にも多くの非難が寄せられた。連邦議会にも取り上げられた。破綻寸前のリーマンブラザーズに対しても、高い評価が与え続けられていたのだ。最高ランクのAAA評価をしていた格付け会社すらあった。

「ねえ、どこに行くの。まさかおかしなところじゃないでしょうね」

 理沙が外に視線を向けながら聞いた。

「もうすぐです」

 ダラスの身体がわずかながら強ばっているのを森嶋は感じていた。同行したのを後悔し始めているのだろう。

 外国で、身元は分かっているとはいえ、見知らぬところに連れていかれるのだ。外国人と日本人では、リスクに対する感じ方が大きく違うのかもしれない、と森嶋は思った。