タクシーに乗っている間、理沙は携帯電話と時計をしきりに気にしていた。
11時をすぎているというのに、ビジネス街のビルに灯る明かりはいつもより多く感じた。タクシーの数も多い。すべては今朝からの騒ぎの影響なのだろうか。
「理沙さんの会社まで行って、僕は地下鉄で帰ります」
「いろいろ聞きたいことが山ほどあるんだけど、今日はムリなようね。予定外の出来事で、すでに多くのタイムリミットがすぎている。仕事が山ほど残っているし、謝ってまわる仕事まで増えた。でも、後悔はしてないわ」
自分に言い聞かせるように言った。
「約束は守ってくださいよ。見ざる、言わざる、聞かざるです。日本の生死がかかっていると言っても大げさじゃないんですから」
「分かってる」
驚くほど素直な返事が戻ってくる。理沙にしては異例のことだ。
「デスクにメチャメチャ言われそうだけど、頭に新首都の模型を思い浮かべてひたすら耐えるわ。メディアで知ってるのは、世界で私だけよね。でも、いつ発表できるの」
「総理に聞いてください。でも、総理もまだ分からないと思いますよ。あの模型も見ていません。正直言うと、あれが新首都に決まるかどうかも分からない」
「日本にいちばん必要なのは早い決定。そうじゃないと1週間、いえ数日以内に大変なことが起こる。手遅れになるのよ」
理沙の顔は興奮のためか赤みが差し、声にも張りがある。数時間前の疲れ切った表情など微塵も感じさせない。
タクシーは新聞社の前に着いた。
「領収書をもらっといてよ」
理沙は森嶋に1万円札を渡すと飛び出して行った。
森嶋はタクシーを降りて地下鉄に歩いた。