最低賃金引き上げは
中小企業倒産につながらない

 その一方で、ダイナミックというよりも、日本人にはなかなか受け入れがたいショッキングな提言をしている御仁もいる。

 元ゴールドマン・サックスのアナリストで、山本七平賞受賞の「新・観光立国論」(東洋経済新報社)などで政府の観光推進政策にも多大な影響を与えてきたデービッド・アトキンソン氏である。

「国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか」(講談社+α新書)

 来日から30年にわたって日本経済を分析し、かつて日本の大手銀行が17もあって群雄割拠していたバブル期に、「日本の主要銀行は2~4行しか必要ない」というレポートを出したこともある「慧眼」で知られているアトキンソン氏は、今の日本の低成長・低生産性を解決するには、最低賃金を年5%程度引き上げていくべきだとかねてから主張していたのだが、このたび発売された新著「国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか」(講談社+α新書)でさらに驚くべき分析をしているのだ。

 日本の現在の低成長は、国が“成長できない小さな企業”を手厚く保護する政策をスタートさせた「1964年体制」にあるとして、この古い体制を改革しないで放置していると、人口減少と自然災害というリスクの中で、日本経済が弱体化して、中国資本の支配力が強まっていくというのだ。

 このあたりについて興味のある方はぜひ本をお読みいただくとして、実は同書の中には、現在の「最低賃金引き上げ」を巡る議論に一石投じるような記述があるのでご紹介したい。

 それは、冒頭の専門家の方の主張にも通じるが、「最低賃金を引き上げたら倒産が増加して不況になる」という言説に対してものだ。以下に少し長いが、引用しよう。

「この20年間、最低賃金を引き上げ続けてきたイギリスでは、政府が大学に依頼して、賃金引き上げの影響を詳しく分析をしています。具体的には、最低賃金もしくはそれに近い賃金で雇用している割合の高い企業を対象にして、最低賃金を引き上げる前と、後の決算書を継続的に分析しているのです。そこで判明しているのは、もっとも影響を受けた企業群でも廃業率が上昇することはなく、単価を引き上げることもあまりなく、雇用を減らすこともなかったということです。そしてここがきわめて大事なポイントですが、経営の工夫と社員のモチベーション向上によって、労働生産性が上がったことが確認されているのです」(P.193)

 要するに、「最低賃金を引き上げたら倒産が増加して不況になる」というこの手の議論で必ず出てくる言説は、科学的根拠のないデマだというのだ。