能作:「鋳物職人の地位を取り戻す」
そのためには、「地元の人の意識を変えよう」と。
――なるほど。すべてはこのお母さんの発言から始まったのですね。
このお母さん、今、何をしているのでしょうね?
能作:それはまったくわかりません。
ただ、当時、僕の心は深く傷つきましたが、この方がいらっしゃらなかったら、今の能作は絶対に存在しないと断言できます。
今回の僕の初めての本『踊る町工場』の中で、社員がこんなことを書いてくれていました。
「“旅の人(よそ者の意)”だった社長は、悔しい思いをたくさんしてきたと思います。高岡という封建的な土地柄の中で、動きにくかったこともあったはずです。
それなのに社長は、一切文句を言わず、むしろ、『自分は“旅の人”だったからこそ、いろいろなことを学べた』とまわりへの感謝を口にします。
社長は、屈辱感を感謝に変えられる人ですね。きっと、どんな状況の中でも、『おもしろさ』を発見する能力に長(た)けているのだと思います。
置かれた状況に対して、不満とか『嫌だな』という気持ちで終わらせず、そこから次につなげて、『自分がもっとおもしろくなるやり方』を見つけてきた人なのではないかな、と。
そういう人だからこそ、業界全体の発展、地場の発展に目を向けることができたのだと思います。
多くの会社は『ライバル会社と競って、倒して、富をなし得て、それを分配する』という資本主義のサイクルに則(のっと)っています。
けれど能作が、富ではなく、地域と社会に貢献する新しいものづくりを優先しているのは、社長自身の今までの経験だったり、積み重ねだったり、人とのつながりがあるからではないでしょうか」
――素晴らしい社員をお持ちですね。うらやましい限りです。
能作:社員のほうが僕より優秀です。社員に助けられてなんとか社長業を続けられています(笑)。富山の本社の雰囲気を少しでも知りたい方は、第1回連載もご覧いただけたらと思います。
1958年、福井県生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒。大手新聞社のカメラマンを経て1984年、能作入社。未知なる鋳物現場で18年働く。2002年、株式会社能作代表取締役社長に就任。世界初の「錫100%」の鋳物製造を開始。2017年、13億円の売上のときに16億円を投資し本社屋を新設。2019年、年間12万人の見学者を記録。社長就任時と比較し、社員15倍、見学者数300倍、売上10倍、8年連続10%成長を、営業部なし、社員教育なしで達成。地域と共存共栄しながら利益を上げ続ける仕組みが話題となり、『カンブリア宮殿』(テレビ東京系)など各種メディアで話題となる。これまで見たことがない世界初の錫100%の「曲がる食器」など、能作ならではの斬新な商品群が、大手百貨店や各界のデザイナーなどからも高く評価される。第1回「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」審査委員会特別賞、第1回「三井ゴールデン匠賞」グランプリ、日本鋳造工学会 第1回Castings of the Yearなどを受賞。2016年、藍綬褒章受章。日本橋三越、パレスホテル東京、松屋銀座、コレド室町テラス、ジェイアール 名古屋タカシマヤ、阪急うめだ、大丸心斎橋、大丸神戸、福岡三越、博多阪急、マリエとやま、富山大和などに直営店(2019年9月現在)。1916年創業、従業員160名、国内13・海外3店舗(ニューヨーク、台湾、バンコク)。2019年9月、東京・日本橋に本社を除くと初の路面店(コレド室町テラス店、23坪)がオープン。新社屋は、日本サインデザイン大賞(経済産業大臣賞)、日本インテリアデザイナー協会AWARD大賞、Lighting Design Awards 2019 Workplace Project of the Year(イギリス)、DSA日本空間デザイン賞 銀賞(一般社団法人日本空間デザイン協会)、JCDデザインアワードBEST100(一般社団法人日本商環境デザイン協会)など数々のデザイン賞を受賞。デザイン業界からも注目を集めている。本書が初の著書。
【能作ホームページ】 www.nousaku.co.jp