一時代の超一流といわれる芸術家が活躍する場を知ることは、その時代を知ることにつながる、とはどういうことか? クラシック音楽を芸術性の発露と見るだけでなく、ビジネス的な視点で捉えなおすとどうなるのか? そのヒントについて、発売されたばかりの『クラシック名曲全史』の「はじめに」をご紹介しつつお伝えします。

 西欧文化が一気に流入した明治時代、ベートーヴェンの交響曲第5番『運命』を聴いた思想家の岡倉天心(1863~1913年)が「東洋にない唯一のもの」と言ったことからもわかるように、当時の日本人にとって、クラシック音楽はまったく今までに聞いたことのない新しい音楽として、大変な衝撃だったのではないでしょうか。

 しかし現在では、日本はクラシック大国となりました。日本のオーケストラ25団体が年間3150もの公演を催すほか、世界各国からオーケストラ等が実に22カ国57団体も日本にやってきて、年間348公演を開催しています(『日本のプロフェッショナル・オーケストラ年鑑2019』日本オーケストラ連盟)。ほぼ毎日のようにどこかでプロの音楽を聴くことができるほど、日本はクラシック大国となりました。

 西欧で生まれたクラシック音楽が、数百年の時を経て、今、世界で演奏され続けているという事実は、その出自が西欧であろうとも、その西欧の枠組みを超えた「普遍性」がクラシック音楽に備わっていることを意味しているのではないでしょうか。

政治、経済、文化……
グローバルの流れを音楽から知る

 今となっては真偽のほどはわかりませんが、作曲家三善晃のエッセイ集『ヤマガラ日記』(河合楽器製作所出版部、1992年)の中で、フランスのミッテラン大統領と西ドイツのシュミット首相の約1時間に及ぶ国際電話の話がでてきます。1986年の先進国首脳会議(東京サミット)直前でもあり、色めきたった各諜報機関が盗聴したところ、なんと蓋を開けてみると、その電話の大部分がクラシック音楽の話だったというのです。

 たしかにシュミットはオーケストラの指揮もする音楽マニアだったこともあり、三善氏はその顛末を「考えてみるとヨーロッパでは、これはそう特別な話ではないのかもしれません」と述べていらっしゃいます。それほど西欧では、クラシック音楽が政治やビジネスだけでなく、コミュニケーションの1つとして日常に溶け込んでいるということでしょう。

 実際、クラシック音楽の歴史を知ることは、政治や経済の流れを体感することにもなります。文士の吉田健一(1912~1977年)の名著『ヨオロッパの世紀末』(岩波書店、1994年)に「一時代の最も優れた人間にその時代を見ることができる」という言葉がありますが、私たちはモーツァルトの音楽を通じて18世紀を知ることができ、ナポレオン、そしてベートーヴェンの足跡を通じて19世紀を感じることができます。

 たとえば、イタリア、スペイン、オランダ、イギリスと経済の主たる拠点が移るにつれ、音楽家たちも活躍の場を変えていきました。市民革命を経たイギリスでは、ヘンデルやハイドンらは、とてつもない額を稼ぎました。

 それはさながら、急成長する経済大国のサッカーチームが強豪国のトップ選手を自国のリーグに招くようでもあります。つまり、一流の音楽家たちが活躍する場を知ることは、その時代の経済の中心地を知ることでもあるのです。

 もちろん、バブルの頃の日本も例外ではありません。当時の世界のトップアーティストたちは、今では考えられないほどの高額なオファーで日本に招待され、楽団を指揮し、楽器を演奏しました。

 では、今、クラシックに力を入れている地域はどこでしょうか。

 それは、中国です。私も現在、中国の深圳を本拠とする楽団と仕事をしていますが、中国側の音楽に対する力の入れようは、日本の比ではありません。

 そして、今の中国の隆盛からわかることは、経済だけでなく、音楽においても21世紀は中国を中心とするアジアの時代になるということ。中国は、音楽が国力に与える影響をしっかりと理解しているのです。

クラシック音楽家とビジネスパーソンとの共通点

 音楽と並ぶ大切な教養に絵画がありますが、音楽と絵画には決定的な違いがあります。

 それは、音楽はつくっただけでは完成しないということです。どんなに素晴らしい曲を作曲家がつくったとしても、誰かが演奏しなければ、その実像は伝わりません。絵であれば、たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたものを、物体として視覚でとらえ、誰もが楽しめます。

 しかし、音楽の完成形を表すには、演奏家が必要です。どんなに作曲家たちが思いの丈を曲にぶつけたとしても、それを演奏する人たちが「おもしろい」と思わなければ演奏されませんし、最終的には観客が「美しい」「また聴きたい」と感じなければ、再演されることもありません。ビジネスの世界と同じく、クラシック音楽も非常に厳しいのです。

 また、楽器の種類や演奏する人材が、現代ほど豊富というわけではなかった17世紀、18世紀においては、その場にいる人材で戦う力、あるいはマネジメント能力が、作曲家たちにも求められていました。与えられた条件下で、貴族たちがその音楽を楽しめるように最高の音楽をつくらなければなりませんでした。

 このように、クラシック音楽を作曲家たちの芸術性の発露としてみるだけでなく、ビジネス的な視点で捉え直すことで、「教養」という枠を超えた新しい発見を読者の方にお届けできるのではないかと考えています。

 ドイツ語を話したモーツァルト、ベートーヴェン。フランス語を話したドビュッシー、ラヴェル。ロシア語を話したチャイコフスキー、ラフマニノフ……というように、作曲家たちは、生まれも育ちも、活躍した国も時代も違います。また、産業革命以前と以後では世界の様相は大きく変わりました。

ベートーヴェン「第九」の自筆譜

 しかし、どんな時代においても、「楽譜」は受け継がれています

 楽譜に綴られた音符たちが、どのような場面で奏でられ、どのような作用を引き起こしたのか。ただただ美しいだけではなく、その背景にさまざまな物語があることを、拙著『クラシック名曲全史』で紹介していきます。