日本代表の稲垣啓太28日のアイルランド戦でアイルランドのガリー・リングローズにタックルにいく日本代表の稲垣啓太 Photo:JIJI

日本代表の快進撃とともに、日本で初開催されているラグビーワールドカップが空前の盛り上がりを見せている。ロシア代表を下した開幕戦に続いて、第2戦では優勝候補の一角アイルランド代表も撃破。トライを決めた松島幸太朗や福岡堅樹に脚光があたる中で、身を粉にして縁の下を支える猛者たちの存在も忘れてはいけない。スクラムの最前列で屈強な大男たちと対峙するディフェンスリーダー、29歳の稲垣啓太が担う「プロップ」というポジションの仕事や適性、積み重ねてきた壮絶な努力を知れば、5日のサモア代表戦を含めたラグビーをもっと楽しく観戦できる。(ノンフィクションライター 藤江直人)

屈強なアイルランドを打ち負かした
注目ポジション「プロップ」とは?

 彼の笑顔を見るよりも、ある意味で胸を打たれた。優勝候補の一角、世界ランキング2位のアイルランド代表から、ワールドカップの歴史に残る金星を挙げた直後の静岡・エコパスタジアムのピッチ。常に無表情で、いつしか「笑わない男」と呼ばれた日本代表の稲垣啓太が泣いていた。

 右手で目頭を押さえながら、嗚咽を漏らしていたのか。寄り添ってきたゲームキャプテン、ピーター・ラブスカフニの肩を借りなければ立っていられないほど感極まっている。ほとんどの選手が会心の笑顔を弾けさせている中で、大粒の涙を頬に伝わせていた猛者の姿が感動を増幅させた。

 稲垣のポジションは左プロップ。試合中にスクラムを組む8人のフォワードの1人で、フッカー、右プロップと組む、フロントローと呼ばれる最前列で相手のフォワード8人との接合点を担う。プロップとは英語で「支柱」を意味する。チームを献身的に、泥臭く支え続ける仕事を託される。

 ならば、稲垣の涙は何を物語っていたのか。アイルランドはフォワード陣の強さをこれでもか、と前面に押し出してくる。スコットランドをノートライに封じ、27-3のスコアで圧勝した先月22日のプールA初戦は、強敵を完膚なきまでに蹂躙したという点で衝撃的だった。

 体重が100キロを軽く超える屈強な大男たちが束になって、鬼のような形相を浮かべながら襲いかかってくる。コンタクトプレーで対峙する、特に最前線での戦いを担うことが多いフォワード陣が恐怖感を覚えないはずがない。そして、相手のプレッシャーを最も受けるプレーがスクラムとなる。