名曲誕生の裏側について、当時の経済・社会情勢や作曲家の人生などを含めた創作秘話からひもといた1冊、『クラシック名曲全史』。その刊行を記念し、2019年9月某日サントリーホール ブルーローズにて、著者である松田亜有子氏と、世界的なオペラ演出家でドニゼッティ音楽祭芸術監督のフランチェスコ・ミケーリ氏による講演会&ミニコンサートが開催された(協賛:カール F. ブヘラ、ロイヤル コペンハーゲン、主催:ダイヤモンド社「The Salon」)。イベントの模様を、ダイジェストでお伝えする。

ルネサンス時代にオペラが生まれた

冒頭、イタリアオペラがどのように生まれ、クラシック音楽のなかでどう位置づけられているのか、松田氏がミケーリ氏に質問した。

松田亜有子氏(以下、松田) 多くの人たちにとって、クラシックといえばウィーンやドイツが本場であり、音楽家もベートーヴェン、モーツァルト、バッハなどをイメージします。しかし、ドイツの作曲家たちが生きていた時代には、クラシック音楽の本場といえばイタリアだったんですよね?

フランチェスコ・ミケーリ氏(右は、通訳の井内美香氏)

フランチェスコ・ミケーリ氏(以下、ミケーリ) その通りです。同じような勘違いは自動車業界にもあります。「よい車は全部ドイツ製に違いない。フェラーリもドイツ製だ」と言う人がいる(笑)。とんでもない!

ヨーロッパでは14世紀、15世紀の暗黒時代の後に、最も素晴らしい時代であるルネサンス時代が訪れました。人々が絵画、建築、音楽など芸術の喜びを再発見した時代であり、それを発見したのはイタリア人でした。ルネサンスは、古代ギリシャと古代ローマの美を取り戻す行為であり、実際に各地で古代遺跡の発掘が行われました。

イタリア・シラクーサにあるギリシア劇場(紀元前5世紀)

そうして発掘された野外劇場の遺跡や、イタリアの各地にある広場の形状を参考にして、馬蹄形の形状で知られるイタリア式劇場が1600年頃に生まれました。フィレンツェで誕生したオペラは、最初は広場で行われていましたが、やがて劇場で講演されるようになり、ヨーロッパ中に広がっていきました。クラシック音楽の礎となったのはオペラだったのです。音楽用語も楽譜の記号も、全部イタリア語ですからね。

松田 オペラシアターはステージを囲むように観客席が配置されていて、観客も役者の1人として舞台に参加しているような感覚を味わえますね。

ミケーリ 劇場に行くのはオペラを見るためだけでなく、自分自身を人に見せるためでもありました。そして、「あの彼女、去年と同じドレス着ているわ」なんて噂話をする。社交場だったんです。

最初に見るべきオペラは?

『クラシック名曲全史』著者の松田亜有子氏

松田 一度もオペラを見たことのない人に、ぜひ最初に見てほしい作品は?

ミケーリ ジャコモ・プッチーニの『ラ・ボエーム』をおすすめしたいです。オペラの主要成分は「感情」です。みんなが一番望んでいる感情は、アモーレ(愛)ですよね。『ラ・ボエーム』は、騒々しくせわしない大都市パリを舞台に、若者の愛や葛藤を描いた作品です。

登場人物は偉大なる英雄などではなく、平凡な芸術家たちです。2人の主人公は一度は愛し合うものの、愛を失い、取り戻そうとして、最後は不幸な結果に終わってしまう。そのストーリーは現実の私たちにもしばしば起こることであり、だからこそ、私たちの胸を打ちます。『ラ・ボエーム』はその後のたくさんの芸術家にインスピレーションを与えました。ミュージカル映画『ムーランルージュ』もその一つです。

松田 プッチーニの曲は旋律がとても美しいので、日本でも大人気ですね。

ミケーリ 皆さん、『ラ・ボエーム』を見たことがありますか? 見ていないなら、うらやましい。あの初めて見た時の感動を、これから味わえるんですから!

イタリアオペラの作曲家は大家族

ミケーリ氏は、「イタリアオペラの作曲家たちは大家族のようなもの」と語る。その家族には、ジョアキーノ・ロッシーニ、ガエターノ・ドニゼッティ、ジュゼッペ・ヴェルディ、プッチーニなどがいる。実際の曲を聴きながら、各作曲家の特徴を解説していった。

松田 まずロッシーニ。その人気にベートーヴェンも嫉妬するほどだったようですね。当のロッシーニは、ベートーヴェンを尊敬していたようですが。

身振り手振りを交えたミケーリ氏の話に会場も引き込まれた

ミケーリ ロッシーニは、イタリア人の作曲家のなかでもメロディを単純化することに長けていました。彼の代表的な手法が「ロッシーニ・クレッシェンド」です。一つのメロディを反復しながらどんどん盛り上げていくのです。『泥棒かささぎ』がいい例です。

この頃からドイツの作曲家は、イタリアの作曲家とは違う方向性を歩み始めます。イタリアの作曲家が「声」と「メロディ」にこだわったのに対して、ドイツの人たちは「器楽」を重視し、ハーモニーを生み出し、オーケストラを発展させていきました。

松田 ロッシーニと並び称されたドニゼッティは?

ミケーリ ドニゼッティはプリマドンナオペラをたくさん書いた作曲家です。イタリアオペラでは女性歌手が男性歌手よりも優位でした。なぜなら女性の方が高音を出せるから。主役となる女性歌手は、プリマドンナと呼ばれて注目されました。彼の『ラ・ファヴォリータ』は、スペイン王の愛人が主人公のオペラです。世間的にネガティブな人物を主人公に仕立て上げることに成功した作品といえます。

ドニゼッティから学んだヴェルディは『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』を作曲しますが、こちらは娼婦が主人公です。日陰の存在である女性をヒロインにしたことで、当時としては画期的なオペラだったといえるでしょう。プッチーニの『蝶々夫人』も同様です。

松田 プッチーニの時代からイタリアオペラはまた大きく変わりました。

ミケーリ ヴェルディの時代までは、オーケストラは登場人物の感情をサポートする役回りでした。プッチーニは、オーケストラを映画のサウンドトラックのように活用します。イタリアの「歌」の伝統と、ドイツの「器楽」の伝統を融合したのがプッチーニだったといえます。

松田 交響曲が確立する前は、器楽だけでいろいろな感情を表現するために、ドイツの作曲家はイタリアオペラの手法を賢明に学びました。その意味で、すべてはイタリアオペラから始まった、といえるのではないでしょうか。ミケーリさん、どうもありがとうございました。

ミケーリ氏が「イタリア人の特徴」とみずからが言うように、大きなジェスチャーを交えながらの快活な話しぶりに、観客は引き込まれ、時に笑いに包まれた。数々の名曲やオペラを身近に感じられるトークショーとなった。

セルジョ・バイエッタ氏(ピアノ)と、トマソ・ロッサート氏(テノール)

トークショーの後は、ピアニストのセルジョ・バイエッタ氏、テノール歌手のトマソ・ロッサート氏によるミニコンサートが行われ、下記の曲が披露された。

・ドビュッシー 『映像』第1集より『ラモーを讃えて』
・ドニゼッティ 歌劇『愛の妙薬』より「人知れぬ涙」
・ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第21番『ワルとシュタイン』より第3楽章
・プッチーニ 『トスカ』より「星は光りぬ」
・アンコール:イタリアのカンツォーネ(ナポリ民謡)『オー・ソレ・ミオ(私の太陽)』

会場内には、同イベントに協賛いただいたカール F. ブヘラとロイヤル コペンハーゲンの華やかなブースも設置され、舞台をいっそう彩っていただいた。