美術やワインと同じように、世界のビジネスネットワーキングの場で話題にのぼる「クラシック音楽」。実際に役に立った!というエピソード、しかも日本ビジネス界のレジェンドにまつわるお話をご紹介しましょう。本連載では、日本最古のオーケストラである東京フィルハーモニー交響楽団広報渉外部部長である松田亜有子さんが、2000年におよぶクラシック音楽の歴史をまとめた新刊『クラシック音楽全史 ビジネスに効く世界の教養』から、ビジネスネットワーキングの場で盛り上がりそうなトピックを選んで紹介していきます。

「エコノミック・アニマル」という評価を一転させたのは?

 ソニー創業者の故盛田昭夫さんが、かつて東京フィルハーモニー交響楽団(東京フィル)の会長を務めてくださった時期(1982~99年)がありました。当時、ソニーは海外進出を進めており、盛田さんは頻繁にアメリカへ営業に出かけられたそうですが、「エコノミック・アニマル」と揶揄(やゆ)され肩を落として帰って来られたとか。

ソニー創業者の故・盛田昭夫さんは東京フィルの会長でもあった(提供:東京フィルハーモニー交響楽団)

 ところが、東京フィル会長の名刺を出すようになると、周囲の態度がガラッと変わってニコニコしながら握手を求められたそうです。

 盛田さんは、それを機に東京フィルの経営により強い関心をもつようになり、理事会も欠かさず出席されました。数億円規模の個人寄付もしてくださるなど、東京フィルへ抱いた熱意と多大なる貢献には今も頭が下がる思いです。同時に、世界のビジネスサロン界における、クラシック音楽への造詣の深さや、オーケストラという芸術に対する尊敬の念が垣間見られるエピソードではないでしょうか。

 「音楽」は、古代ギリシア時代に賢人プラトンが創設した学園アカデメイアでも教えられていました。酒席においては、談義を経て、食事をし、吟遊詩人たちが奏でる笛やリラを聴くのが市民のたしなみとされたそうです。

 その流れを受け、中世ヨーロッパの大学では、文法・修辞学・弁証法の3学と算術・幾何・音楽・天文学4学科の自由7科をリベラルアーツと設定しました。現代のハーバード大学やスタンフォード大学でも、教養科目として音楽が教えられています。

 実際、私がニューヨーク・フィルハーモニックで勉強させていただいた頃にお会いしたジャーナリストの方は先輩から、シェイクスピア全集とベートーヴェン交響曲全集を渡され「このくらいわかっていないと、ウォールストリートのトップから本音は聞き出せないぞ」と言われたそうです。

 また、あるメーカー幹部の方もイギリス・ロンドンに赴任された際は、オペラやバレエ観劇を兼ねた接待の席が非常に多かったとか。ビジネス相手とともに夫人も一緒に、劇場附設や近隣のレストランで夕食を共にし、オペラを観劇。幕間にはデザートやカクテルを楽しみながら、お相手とその日の演目やビジネスの話をして交流を深められたようです。普段でも、「土日はどう過ごしている?」などと取引先から尋ねられ、「たまにオペラに行くよ」と言うと、「何が好きだい?」と問われて「プッチーニのオペラは好きだ。月並みだが『トスカ』のアリア(独唱)はどの歌手が歌っても心にしみる」……といったやりとりで、相手との距離が縮まったことがあったと仰っていました。

 最初の一歩はもちろん、さらに深く相手と付き合いビジネスを進めていくうえで、教養が求められ、信頼に繋がっていくのだと思います。

身の回りにあふれている「クラシック」!

学校の音楽室で見られた、かつらをかぶった音楽家の肖像画(例:バッハ)

 ところで皆さんは、「クラシック音楽」と聞いて、どんなメロディが浮かびますか?

 まず思い浮かぶのは、メロディよりも、学校の音楽室に飾ってあった作曲家の立派な肖像画でしょうか。

 私はこの文章を書きながら、ドヴォルザーク「交響曲第9番『新世界より』」第2楽章が浮かんできました。「遠き山に日は落ちて」と日本語の歌詞がついているこのメロディは、小学校の下校時間のほか、夕方になると街全体に流れる地域もありますね。屈指のメロディメーカーと言われたドヴォルザークは、この曲以外にもたくさん私たちが口ずさめるメロディを遺してくれています。

 スポーツでも、クラシック音楽を耳にします。フィギュアスケートの荒川静香さんがトリノ・オリンピックのフリー演技で、プッチーニのオペラ『トゥーランドット』の音楽を使い金メダルを獲得したことで、この曲もより広く知られるようになりました。ライヴで聴くと本当に心奪われる歌で、プッチーニに金メダルを捧げたくなります。

 テレビCMで言えば、チャイコフスキーが取り上げられる機会が多いようです。たとえば、某人材派遣サービス会社のCMでは、ドラマティックなチャイコフスキーの「弦楽セレナード」とともに、「オー人事、オー人事」という台詞が完全にインプットされました。

 このように、私たちのまわりにはクラシック音楽があふれています。そして、作曲されたのはどれも100年以上も前です。この「クラシック音楽」とは、そもそも何を指すのかについて、次回ご紹介していきましょう。新刊『クラシック音楽全史 ビジネスに効く世界の教養』では、数々の音楽家たちがリレーして発展させてきた音楽の歴史をご紹介しています。音楽は世界の歴史とともに発展してきたので、音楽を入口として、別の視点から歴史を感じていただけたら、と願っています。