◎メタボ健診を受けていれば健康になれる
◎テレビを見せると学力が下がる
◎偏差値の高い大学に行けば収入が上がる

一見正しそうに見えるが、実はこれらの通説は経済学の有力な研究ですべて否定されている。ここでいう「メタボ健診」と「健康」のように、「2つのことがらが因果関係にあるかどうか」を調べる方法のことを「因果推論」(いんがすいろん)と呼ぶ。

アビジット・バナジー氏、エステル(エスターとも)・デュフロ氏、マイケル・クレマー氏が先日ノーベル経済学賞を受賞したのもこの分野だ。

この因果推論の考え方を一般書で初めて紹介し、『週刊ダイヤモンド』2017年ベスト経済書第1位を受賞した書籍『「原因と結果」の経済学』は、2017年刊行にもかかわらず現在でも売れ続け、5万部を突破するロングセラーになった。毎日新聞朝刊、日経新聞朝刊に書評が掲載され、池上彰氏も「私たちがいかに思い込みに左右されているかを教えてくれる」と推奨している。

この因果推論が、なぜ経済学の一分野として扱われるようになったのか。経済学のなかでどのように発展してきたのか。『「原因と結果」の経済学』から、一部を特別に抜粋する。

因果推論の
最も基本的なコンセプトとは

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 経済学における因果推論の歴史はそう長くない。1940年代にはノルウェーのオスロ大学の経済学者トリグヴェ・ホーヴェルモが自身の論文の中で反事実の概念をほのめかす表現を用いているものの、正確に定義されたとはとうてい言えないものだった。

 それが1990年代に入ると、大きな変化が起こる。当時、ハーバード大学経済学部に所属していた著名な計量経済学者であるグイド・インベンスや、マサチューセッツ工科大学の労働経済学者であるヨシュア・アングリストが、ハーバード大学の統計学者であるドナルド・ルービンと協働するようになり、「ルービンの因果推論モデル」を経済学に取り入れたのである。

 反事実(反実仮想とも)とは「仮に○○をしなかったらどうなっていたか」という、実際には起こらなかった「たら・れば」のシナリオのことを指す。因果関係の存在を証明するためには、原因が起こったという「事実」における結果と、原因が起こらなかったという「反事実」における結果を比較しなければならない。

 たとえば「屋内禁煙」と「店の売上」のあいだに因果関係があると証明したい場合は、屋内禁煙にしたときの店の売上(事実)と、屋内禁煙にしなかったときの店の売上(反事実)を比べなければ、「屋内禁煙にしたから店の売上が下がった/上がった」と証明することはできない。これが「ルービンの因果推論モデル」の基本的なコンセプトである。

 ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学はともにアメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジ市にあり、地理的な近接性が彼らのコラボレーションを生むことに一役買った。

 ルービンとインベンスが共著し、2015年に刊行されたにもかかわらず、早くも「因果推論」の最も代表的な教科書だと名高い“Causal Inference for Statistics, Social, and Biomedical Sciences: An Introduction”は、彼らが長年ハーバード大学の経済学部で実施してきた授業の講義をもとに書かれたものだ。