まず、親から逃げるのは難しい。

 たとえば、あなたがパワハラ上司に支配されているとしよう。どうしても耐えられなければ、最終的には会社を辞めればすむ。もちろん、給料をもらえなくなったら生活できなくなるので困るとか、仕事そのものにはやりがいを感じているので続けたいとかいう葛藤(かっとう)にさいなまれて悩むかもしれない。だが、上司のパワハラでうつ病になったり自殺に追い込まれたりするよりは、退職してすっきりするほうがいいはずで、そういう決断を下せば、パワハラ上司から逃げられる。

 それに対して、親から逃げるのはずっと難しい。幼い子どもには、まず無理だ。また、ある程度成長しても、生活していけるだけのお金を稼ぐことができなければ、経済的に親に依存せざるを得ない。つまり、子どもはある時期まで親の庇護を必要とし、どうしても親に依存するしかないからこそ、親に支配されやすい。その結果、逃げ場がない状況に追い込まれることもある。

 しかも、困ったことに、こうした親に支配された状況から子どもが逃げだそうとすると、支配欲求の強い親は敏感に察知する。そして、あの手この手で自立を阻もうとする。親から離れていこうとする子どもに向かって、「これまで育ててやったのに、その恩を忘れたのか」と恩着せがましく罵倒することもあれば、「お母さんを捨てるのね」と涙を浮かべながら泣き落としにかかることもあるだろう。いずれも、親から離れて自立しようとする子どもの胸中に罪悪感をかき立てるためだ。

 また、就職や結婚を契機に、やっとの思いで親から逃げられたとしても、失業や出産などをきっかけにして再び親とつき合わざるを得なくなる場合もある。だから、離婚すれば配偶者による支配から逃げられる夫婦と比べて、親子の関係を解消するのは難しい。

「血は水よりも濃い」という言葉があるように、血のつながりからはなかなか逃げられない。しかも、支配欲求の強い親ほど、血のつながりを強調する。もちろん、子どもが自分の思い通りになるように仕向けるためだが、血のつながりを持ち出されると、子どもとしては何も言えなくなる。

我欲と愛情が入り交じる
“支配する親”の胸中

 親が子どもを支配する関係が厄介な二つ目の理由は、愛情である。本当に愛情から親が子どもを支配しようとしているのかどうかはさておき、少なくとも親のほうは愛情からだと思い込んでいる。

 たとえば、私の両親は私が医者になることを切望したが、その動機として父の兄夫婦を見返したいとか、私が「金づる」になりうるとかいうことが大きかった。しかし、少なくとも意識の上では、両親は「医者になることが、この子のため」と思い込んでいたようだ。

 これは、まんざら噓でもないと思う。というのも、私が高校生だった頃は男女雇用機会均等法などなかったので、就職において女性は圧倒的に不利だったし、寿退社が当たり前の時代だったからだ。

 こうした時代背景を考えれば、私が医者になってから、「本当は医者になりたくなかったのに、医学部に行かされて、嫌だった」と母にこぼしたとき、母が「就職で困らないようにと、あなたのためを思って医学部に行かせた」と答えたのは、必ずしも言い訳のためばかりとはいえない。