10月下旬に北京と上海で中国経済の現状について話を聞いて回った。中国経済が米中貿易戦争以前よりも減速しているのは事実だが、日本で多く見られる論調ほどは悪化していないと感じられた。
9月の主要70都市住宅価格は前年比8.4%上昇だが、前月比は0.5%上昇と減速した。上昇中の都市数は半年前(3月)の65から9月は53に減った。ただし、その主因は当局の投機抑制策にある。
自動車販売台数の前年比を見ると、9月は5.7%減だった。昨年に引き続き、今年も年間販売台数は前年比でマイナスになる勢いだ。経済の不透明感から購入を控える動きもある。ただ、環境規制を考慮して電気自動車(EV)の買い時を待っていたり、一時うわさされていた購入補助金の登場を期待して、様子見したりしている影響が大きいといわれている。
また、自動車の販売状況はメーカー別にばらつきがある。米系は25.7%の大幅減だが、独系は5.3%増、日系は1.2%増だ。最も台数が多い中国系は10.8%減である。数年前までは中国系の低価格SUV(多目的スポーツ車)が販売台数を伸ばしていたが、最近は失速してきた。「高いがやはり独日ブランドの方がいい」という傾向が中間層に表れている。
他方で住宅や自動車といった高額の出費ではない、日常の消費は堅調だ。今年の11月11日の「独身の日」におけるEC(電子商取引)の売上高は、分母である前年の売上高の拡大に伴い、さすがに前年比伸び率は落ちそうだ。しかし、金額ベースでは伸びが予想されている。小売りの実店舗は苦境にあるが、外食産業は活況だ。
北京や上海のショッピングモール内のレストランは、週末になると家族連れで驚くほどのにぎわいを見せている。輸出製造業の比率が高い地方都市によっては米中貿易戦争の打撃が個人消費に影響しているようだが、全国レベルでは悪影響は見えにくい。
忘れてはいけないのは、減速してきたとはいえ賃金の伸び率が日本とは全く異なる点だ。中国の人材会社である中国国際技術智力の予想では、今年の賃金上昇率は7.7%。キャッシュレスが進む中国だが、金融業界でも7.9%だ。日系金融機関の関係者からは、実際その程度賃上げしないと人材を維持できないという話を聞いた。
9月の消費者物価は豚肉の高騰で押し上げられたが、それでも前年比で3%の上昇なので実質所得は増加。数年前と比べても人々の生活水準は向上しているのだ。
この状況を鑑みると、ドナルド・トランプ米大統領との戦いに中国はまだ耐えられそうに見える。
もっとも先日、米国で貿易コンサルタントに会った際に意外な見解を耳にした。「中国政府はトランプ氏の大統領再選を阻みたがっていたようだが、今後は流れが変わる可能性がある」というのだ。
米大統領選挙の民主党候補者レースでは、親中派のジョー・バイデン元副大統領が失速し、左派のエリザベス・ウォーレン上院議員がトップに躍り出た。彼女は人権問題で妥協しそうにない。また、トランプ氏の攻撃性故に西側諸国は分裂状態だが、民主党政権になれば一枚岩に戻るかもしれない。
しかも民主党は上下両院ともトランプ氏の対中政策が手ぬるいと攻撃している。よって中国にとってはトランプ再選が好ましいはず、という観測だった。もしその方向に中国政府が傾くなら、貿易交渉に関する部分合意がどこかで見えてくる。潮目の変化には要注意だ。10月下旬、中国・上海随一の繁華街である南京東路を訪れると、買い物客でごった返していた。
(東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)