また、経済活性化に向けて、(1)モノを動かす、(2)人を動かす、(3)お金を動かす必要があると分析している。それは、その通りであろう。そして、(1)モノを動かす項は、700万戸以上の空き家の分析から始まっている。しかし、この分析が、持家政策の転換コレクティブハウスの推奨に結び付かないのも摩訶不思議である。

 要するに、読んでいて、総論と各論が別個のもののように見えることが、不人気の最大の理由ではないか。閣議決定の際には、少なくとも重点政策を絞り込み、価値の序列ぐらいは、はっきりさせて、もう少し読んでワクワクするようなものに仕上げてほしいと願わずにはいられない。

成長戦略を政府に描いてもらうことの
限界を見極めよう

 以上、さんざん悪口を書いてきたが、物事本来の原点に立ち戻って、よくよく考えてみれば、私たちはそろそろ「お上に成長戦略を書いてもらう」という発想自体から脱却すべき時期にきているのではないか。

 わが国は小さい政府で、官僚の数も少なく、官僚は相対的に優秀だと考えるが、官民の交流がほとんど途絶えている現状を考えてみれば、わが国の官僚は、生涯一度も商売をしたことのない人々の集団である。

 そのような人々に、成長戦略が描けるはずがないではないか。お上(政府)にやってもらうことは、競争の土俵づくりと規制緩和がほぼ全てであって、わが国の成長戦略は、民間が創意工夫を凝らして自ら作成するので、政府はそれを後押ししてほしいというくらいの気概をもって、(民間が)臨まなければ、わが国の経済社会の真の再生は、あり得ないのではないか。

 まず、塊(民間)より始めよ、ということが、改めて実感出来たとすれば、今次の政府の日本再生戦略(案)にも、それなりの意味はあったのではないか。なお、日本再生戦略(案)は、様々な政策を学ぶための材料として読めば、いい勉強になるので、読者の皆さんにはぜひ一読をおすすめしたい。

(文中、意見に係る部分は、すべて筆者の個人的見解である)