麹町経済研究所のちょっと気の弱いヒラ研究員「末席(ませき)」が、上司や所長に叱咤激励されながらも、経済の現状や経済学について解き明かしていく新連載。第4回は、末席が就職活動を控えた学生たちに、インフレ率と失業率の関係について講義します。(佐々木一寿)
朝からすべりまくる末席
マネジャーは、朝からニヤニヤしながら暦を眺めている。「今年もそろそろ、マミーの季節だな」
マネジャーは、見かけはけっこうダンディなのだが、いい年してマミーもないだろう、男子がみんなマザコンだというのは生まれ持っての病だとしても、これじゃあかなりの重症だ、と末席は思った。*1
*1 cf.『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』(リリー・フランキー/著、2005年)
そこに、顔中をガーゼでぐるぐる巻きにした不審者が、IDカードを堂々とかざして闖入してくる。まるでミイラ男(mummy)のような姿をしているが、どうやら死体ではないようだ。ガーゼの隙間の奥には、意外にもつぶらな瞳がのぞいていて、こちらを至って冷静に見ている。
「いやー、大変だよ、この季節は」。どうやら、主任の嶋野は、過度の花粉症のようで、この季節の外出が大変らしい。
「主任のその姿を見ると、ようやく春がきたんだな、と実感します」。マネジャーは、季節を愛でる俳人のように嘆息した。
「なるほど、桜の下には死体が埋まっているとよく言いますからね」*2。末席は、上手いことを言おうとしたのだが、途中ですでにスベっていることにも気がついていた。
*2 『桜の樹の下には』(梶井基次郎/著、1928年)
「…。この空気の責任を、どう取ってくれるのかね?」。主任とマネジャーは、ユニゾンで末席に迫った。
「えっと、まずは空気清浄機で花粉を除去しようかと…」。2人は表情を変えない。末席は、またしても墓穴を掘ったようだ。
「やっぱり、花粉よりも、私がこの場から除去されたほうがいいかもですね、じゃあ主任、このあとの東都大学での講演には、私が出ますよ、花粉症もそこまで重症だと大変でしょうし」
「悪いね、なにせ今日はミイラ男か末席くんしか選択肢がないものだから」。マネジャーは、そういい終えると、ビリー・ジーンのメロディを口ずさんだ。
スリラーならわかるが、なぜビリー・ジーンなのだろう、そう不思議に思いながら、末席は研究所を後にした。*3
*3 "Thriller"(by Michael Jackson,1982)