安倍首相は従来の日本の考えを繰り返しただけで、日本政府も対話の様子や内容を積極的に公開することはなかった。一方で韓国政府は、文氏に同行した大統領府の鄭義溶国家安保室長が携帯で対話の写真を撮影し、韓国記者団に提供した。

 日本側は「写真公開の事前了解がなかった」と、不満を表明。韓国側の思いとは裏腹に、会談でむしろ双方の関係がさらにぎくしゃくするということになった。

 外交は「相互主義」が原則なので、外交官出身の鄭氏がそれを知らないはずがないし、準備の関係で韓国側しか撮影者がいなかったとしても、事前に日本に「写真を公開していいか」と了解を得るべきだった。

 だが「日本が盗撮だと騒いでいる」という話が韓国国内に伝わると、大統領府内の対日強硬派は「せっかく対話を持ちかけたのに、逆に我々を苦しめている」と反発した。

米韓同盟の揺らぎに危機感
北のミサイル情報入らず

 それでも韓国側には息巻いてばかりもいられない事情があった。

 日本との関係改善を模索する間でも、韓国政府内では北朝鮮情勢に対する緊張が高まりつつあった。

 スティルウェル氏が訪韓していたころ、海上自衛隊のイージス艦が日本海での常時展開を始めた。この動きは、2018年4月、北朝鮮が核実験と弾道ミサイルの発射実験の停止を宣言して以来、初めてだった。

 北朝鮮は米朝協議の不調にいらだち、米国が年末までに敵視政策の撤回などの譲歩案を示さなければ、「新しい道」に進むと警告していた。

 北朝鮮が新型ミサイルなどの実験を加速させる一方で、米韓同盟が揺らげばどうなるか、すでに韓国側は今年5月にそれを身をもって体験していた。

 5月4日、北朝鮮は金正恩朝鮮労働党委員長が視察するなか、短距離弾道ミサイルを発射した。韓国軍合同参謀本部は当初、「短距離弾頭ミサイル」と発表したが、大統領府が「短距離発射体」と説明すると、慌てて表現をそう修正した。

 この迷走の原因は「米軍から事前情報をもらえなかったからだ」(韓国の軍事専門家)といわれている。

 北朝鮮がミサイルを発射する場合、特に金正恩氏が参加する行事であれば、1~2週間前にはその兆候が現れる。米国の高高度偵察機や情報衛星などで現地の準備状況などを把握できるからだ。

 その場合、韓国政府内では事前に、混乱を避けるために表現の統一を図るが、5月に表現が混乱したのは、事前情報がなかったからだという。

 韓国は現時点で、衛星も高高度偵察機も持っておらず、従来は南北軍事境界線沿いでの偵察活動が有力な情報収集手段だったが、それも昨年9月の南北軍事合意後はやらなくなっている。