自動車業界にとって今年は厳しい一年だった。世界販売台数は5%減少し、かつては活況を呈していた中国市場も衰えつつある。利益は伸び悩み、自動運転車は現実のものになるにはさらに多くの資金と年単位の時間が必要だ。
世界の自動車メーカーがこの1年で合計7万5000人近くの解雇を発表したのは意外なことではない。あるメーカーのトップは筆者に、自動車事業では立ち止まることは許されない、拡大するか削減するかのどちらかだと語った。
今回の人員削減がこれまでと違うのは、その理由が市場のシェア争いや石油ショック、経済危機ではなく、「もうすぐ電気自動車(EV)ブームが来る」という認識である点だ。
自動車メーカーの幹部は、技術の進歩や規制の見通し、潜在重要から見て、今度こそ本当にブームになると発言している。
ただ2019年の時点では、EVはガソリン車より値が張り、充電が面倒で、米国では販売台数がトヨタのカムリより少ない。米国で販売されたピックアップトラックのうち、純粋なEVは8台に1台にとどまっている(EVとされる車の多くは従来型のエンジンとバッテリーの両方を採用している)。
それでも企業が従業員を減らしてEV時代に備えるのは、開発に必要な資金を確保するためもあるが、シリコンバレー流に言えば、主に「アセットライト」(保有資産が少ない)な設計・生産プロセスを想定しているからだ。
EVはガソリン車やディーゼル車ほど複雑な構造ではないため、必要となる部品や労働力、納入業者は少ない。先月、EVを発表したフォードは、EVの生産に必要な労働時間はこれまでより30%少なくなり、工場のスペースは半分になると予想している。メルセデス・ベンツ、アウディ、BMW、日産自動車の経営幹部も公開イベントで同様の見解を示している。
実のところ、EV革命がいつ起きるかは、どれほど賢明な経営者にも分からない。2025年かもしれないし、2050年かもしれない。いまのところ市場を支配しているのは安いガソリンで走る大型トラックやスポーツタイプ多目的車(SUV)への需要だ。うなるエンジン音とガソリンスタンドの利便性の方が、「EVに移行しなければ世界が溶ける」と警告する規制当局者や環境問題の専門家に勝利を収めている。
自動車メーカーの経営幹部が考えなければならないのは、消費者が欲しがるものの作り方を知っている人間を解雇したら、あとに何が残るのか、ということだ。残るのは、誰も欲しがらないものを作る人間だけである。
全ての経営トップはいずれかの時点で、こうした問題に立ち向かわなければならない。創造的破壊から誰も逃れられないように、未来のことは誰にも分からない。例えば、石油会社は風力事業への大型投資を検討し、食品メーカーはビヨンドミートやインポッシブル・フーズの人気ぶりを注視しながら、肉を使わないバーガーやチキンウイングに多くの経営資源を注ぎ、量販店はわずかな利益を店舗の改装に使おうか、あるいは通販の強化に投じようか思案している。
計算が完全に外れた事例の研究はビジネススクールに山ほどある。