職場のハラスメント行為を
禁止しない日本の「言い分」

 そのトレンドを象徴するのが今年6月、国際労働機関(ILO)で採択された条約だ。これは、職場でのハラスメント全般を禁止しているのだ。

「そんなことくらい日本でもやっているだろ」と思う方もいるかもしれないが、日本で今年5月に成立した「女性活躍・ハラスメント規制法」はそこまで立ち入っていない。

 ハラスメント行為自体を禁止する規定はなく、相談窓口設置など防止対策を企業に義務付ける内容にとどまっているのだ。

 なぜこんな骨抜きになったのかというと、「体罰」とまったく同じだ。「体罰を禁止にされたら育児ができない」と主張する一部の親のように、「ハラスメントを禁止されたら、上司が安心して部下を指導できない、この法律のせいで会社の業績が悪くなったらどうしてくれるんだ」という経済界からの批判に対して配慮をしたのである。

 ちなみに、このような「労働者をあまり手厚く保護したら景気が悪くなる」というのは、経営者が大好きな思想で、「最低賃金を引き上げたら、中小企業がバタバタ倒れて日本はおしまいだ」という主張のベースにもなっている。

 この手のものを法制化することの最大のメリットは、先ほどのスウェーデンの例のように、国民の意識を大きく変えることができる点にある。体罰を法律で禁止すれば、一部のアウトロー的な親以外は体罰を控える。ハラスメントが法律で禁止されれば、「俺のはパワハラじゃなくて愛のあるイジりだから」なんてのたまう勘違い上司も我が身を振り返る。

 そのようなマインドチェンジが、実は体罰やハラスメントを「禁止」と法律に明記する最大のメリットなのだ。

 そういう観点から世界ではバタバタと法制化が進んでいるわけだが、日本は頑なにその流れに背を向けてきた。

「体罰か虐待かという線引きは、親の判断に任せるべきだ」「ハラスメントか厳しい指導かというのは上司の判断に任せるべきだ」という感じで、ルールをつくることを頑なに避けて、個人の自主性に委ねてきたのである。日本社会は差別がなく平等だとか言いながら、「子供」や「労働者」に対してはかなり厳しく、いまだに親や経営者の「所有物」であるかのように扱ってきたのだ。

 しかし、その結果が今である。定期的に壮絶な虐待を受けて亡くなる子どものニュースが出てくる。おそらく、またしばらくすればワイドショーを賑わすはずだ。パワハラやイジメ、体罰も同様である。

 いたましい事件が起きて瞬間風速的に議論が盛り上がってウヤムヤにされる、そしてまた次の犠牲者がーー。そろそろ、この救いようのないエンドレスリピートの本質的な原因を直視すべきではないのか。