『WIRED UK』創刊編集長デイビッド・ローワン衝撃のデビュー作DISRUPTORS 反逆の戦略者』が、ついに日本上陸。いま日本を翻弄するシリコンバレー輸入型の「マニュアルイノベーション」にブチ切れた著者が、世界中の最先端企業を1人で回った真のイノベーション探訪記であり、日本企業が「シリコンバレー後」の戦略を練る上で欠かせない「16の行動」に落とし込んだ経営戦略書でもある。

本記事では、本書執筆の動機でもある著者の怒りのプロローグ全文を特別公開する。舞台は「ハッタリイノベーター」が集結したシリコンバレーのとある夜。長い。ひたすら長いが、これでも本全体の3%に満たない。著者の怒りと愛の一端をぜひ感じていただきたい。(構成:今野良介)

「ハッタリイノベーション」は、もうウンザリだ。

ついに私の我慢は限界に達した。

「Innova-Con イノヴァコン」―国際イノベーション専門家協会(IAOIP)のコンベンション―のオープニング・パーティーで、専門家たちが説くイノベーションの手法が、見かけ倒しの食わせ物にすぎないことをこれでもかと見せつけられたからだ。

2018年2月下旬。ワシントンDCにある国際スパイ博物館の上階でレセプション・パーティが行われた。私に手渡された赤い紙ナプキンには、3つの円が走り描きされていた。身だしなみを整えたIAOIPの社長兼CEOのブレット・トラスコは、「イノベーションは一定のやり方に従えば計画通り起こすことができる」と力説した。

彼は3つの円に「社会科学」「ハードサイエンス」そして「ビジネス」と書き込み、まわりに人が集まってきたことを確かめると、「これは、科学的にイノベーションを起こすための方法を示す図だ」と説明し始めた。

「いま、3つの領域が重なる部分のことを話していたんですよ。これが社会科学の円で、民族誌学とかそんな領域です。この円は工学や数学などのハードサイエンス。この円はビジネス。そしてこの真ん中の重なった部分がイノベーション科学の領域というわけです。私たちの問題はここにあるんです。大学では、3つがそれぞれの領域(サイロ)に閉じこもってしまっているからです」

トラスコは訪問販売のセールスマンを思わせる物腰の柔らかい50代半ばの紳士で、私に「そのような“サイロ化”がイノベーションを妨げている」と警告した。ウェビナー、認定プログラム、オンラインの「iBoK」(イノベーション・ボディ・オブ・ナレッジ)、そしてこの「イノヴァコン」のようなリーダー向けイベントを通じて、IAOIPはサイロの壁を打ち破ってチェンジメーカーに力を与え、ナプキンに描いた魔法の公式を使って世界を前進させようとしているわけだ。

トラスコはテキサス州シュガーランドを拠点に活動していた元会計士兼ビジネスコンサルタント兼データサイエンティストだが、10年ほど前に『インターナショナル・ジャーナル・オブ・イノベーション・サイエンス』誌を買収したのをきっかけにイノベーション・ビジネスに参入した。ある晩テレビを見ていたら、3つの会社のコマーシャルが流れた。3社とも自らを「イノベーター」と称し、そのうちの1社はドールだった。紫のバナナを育てたわけでもないのになんでフルーツ販売会社がイノベーターなのかとトラスコは不思議に思った。

「その時なんですよ。イノベーションをきちんとした専門家が扱う分野にしなければならないと思っ
たのは。イノベーションを肩書きに入れる人間は会計士より多いが、それを計画的に再現する手順を
知っている人はいない」とトラスコは指摘する。

つい先週も、彼はサウジアラビアとUAEに招かれ、3日間で3社のCIO(チーフ・イノベーション・オフィサー)に、「イノベーションとは何か」を教えてきたという。

「もらった時間は4時間。イノベーションを起こすためには文化、戦略、トレーニング、適切な人材
の確保が鍵だということを話してきました。『みなさんが組織で起こっていることに正しく向き合え
るようお手伝いします』と呼びかけてきたのです」

いまやトラスコは世界中から引っ張りダコだ。設立4年を迎える非営利団体IAOIPには80カ国に1600人の会員がいるが、トラスコは2020年までに1万人、23年までに2万人に増えると大胆に予想している。

会員は「イノベーションの科学に関するスキルを学ぶためのコース」を受講でき、認定イノベーション管理者、認定チーフ・イノベーション・オフィサーなどの資格取得をめざすことができる。110ドルで『グローバル・イノベーション・サイエンス・ハンドブック』の購入と『インターナショナル・ジャーナル・オブ・イノベーション・サイエンス』の購読ができる。2つ合わせて550ドルだが、会員には110ドルの格安価格で提供される。

どんだけ「イノベーション」が好きなのか

南部アクセントのフレンドリーな女性が歩み寄ってきて、ビールを手渡してくれた。ビンの栓を抜こうとしたら後ろから声がかかった。「それもイノベーションでいかなきゃ! 栓をテーブルの端に当てて叩くとうまくいくよ」。パーティ前のプログラムで「いますぐイノベーションを!」と題して講演しジョン・モネットだった。

元CIAの技術運用専門官で退役空軍将校であるモネットは、引退後、セキュリティとインテリジェンスのアドバイザリー会社を設立し、カリフォルニア州立工科大学サンルイスオビスポ校と一緒に「クオリティ・オブ・ライフ・プラス」という非営利団体を設立した。公務中に負傷した人々の生活の質を高めるイノベーションを推進する組織だ。話題はイノベーションのためのツールと戦略へ移り、私はそこでTIPS(創造的問題解決理論)という対ソ連分析・予想ツールの話を聞いた。

ブレットの妻カーステン・トラスコも話の輪に入ってきた。自身でアドバイザリー会社を経営する彼女の名刺には「不言実行」という文字があった。「ほとんどの企業内イノベーターは満身創痍で息も絶え絶えだから、IAOIPはイノベーターを支援する実用的ツールを開発し、国際標準化機構(ISO)と協力してイノベーション管理の世界標準であるISO279を開発している」と語った。

カーステンは私をジョン・ウォルバートンに紹介した。退役した空軍司令官で、いまはサンディア国立研究所で働いている。よく通る声をもつ長身長髪のウォルバートンは、ほとんどの企業イノベーターが潰される理由について一家言持っていて、私に「ロバート・グリーンの『権力に翻弄されないための
48の法則』を読んだことがありますか?」と尋ねてきた。

「最初の法則は何だかわかりますか? “主人(マスター)より目立ってはならない”です。イノベーターとして何か成功したら、自分より賢い上司がいることを思い出さなくてはならないのです。3つ目の法則は“生き延びたければ本当の目的は隠しておけ”です」

私がビールをテーブルに置いてノートを開くと、ウォルバートンは自身がイノベーターあるいはイノベーション・トレーナーとして学んだことを教えてくれた。おすすめの本とエピソードを満載した10分間のノンストップ・レクチャーだった。

「私のメンターであるロバート・フリッツは、現実をどう認識するかは人それぞれ、後天的に身につけた好みの問題だと言っている。企業の最大の問題は社員が現実に対処できてないことだ……。空気冷却機を発明したジョン・ゴーリー博士は製氷業者たちから執拗に攻撃された。商売の種を奪った憎い敵だったわけだからね。どんな変革でもそれを阻もうとする製氷業者のような集団は存在する……。アインシュタインは特許事務所で働いていたときに40の発明原理と76のツールを発見した。私はこれを使って確実にイノベーションを起こす方法を教えることだってできる。問題は誰も学ぼうとせず貴重なツールには目もくれず、最後に聞いた話をありがたがってしまうことにある……。誰かが君のアイデアを馬鹿げていると批判したら自信を持ってよい。イノベーションはいつでも馬鹿げて見えるものなのだ……」

まあ、こんな調子で話が続いた。

どんだけ「バズワード」が好きなのか

イノヴァコンの2日目は「ブーズ・アレン・ハミルトン・イノベーションセンター」で行われた。

著者は猛烈に怒っている。「机上で起こせるイノベーション」に。

そこには「サンドボックス」とか「ソリューションズ・スタジオ」とか、いかにもイノベーションの専門家が集まってきそうな場所が用意されていた。前者には「創造と思考と実行の化学反応を促進するオープンソースのイノベーション空間」、後者には「ブーズ・アレンにつながる人々を結んでソリューションの創造を促進する」という説明があった。タッチスクリーン、VR、ヘッドセット、インタラクティブ・ホワイトボード、そして大量のポストイットがあった。最近の企業が好きそうな組織変革のための取り組みを象徴する空間だった。

カンファレンスでは講師が入れ替わり立ち替わり登壇し、アイデア・マネジメント、イノベーション・メトリクス、ブロックチェーン型イノベーション、イノベーション・エコシステムの構築、イノベーション・スペースの構築といったテーマについて話した。アトランタ空港、大学、コンサルティング会社、さらには軍産複合組織でのイノベーション戦略などが語られた。レクチャーの内容を書き留めた私のノートは、異国の言葉を拾い集めた旅行日記のようだ。MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)、デザイナソン(短期集中で行う商品設計)、ブートキャンプ、「アハの瞬間」について話を聞いた。バリュー・プロポジションの強化、仕事(タスク)より質問(アスク)に焦点を合わせる、さっさと失敗して経験を未来に活かすといった姿勢も教わった。オフィスの椅子や机を毎晩動かして、社員同士の交流を無理やりつくる会社の話も聞いた。イノベーションを進めるツールとしての作戦帳に関する秘儀めいた話も聞いた。

ブロックチェーン関連のプレゼンでは、「トランザクション化」とか「アブストラクティフィケーション」とか「自己修復行動」とかの耳慣れない用語のせいで、ありがたさを完全には理解できなかったことを白状しておく。科学的に測定されたデータポイントについても聞かされた。

「根源的な改革者(イノベーター)は漸進的な改良者(インプルーバー)より51%優れた意思決定能力を持っている」とか、「72%の人がシャワーを浴びている最中にクリエイティブな洞察を得る」とか、「新製品の95%が投資を回収できていない」という、ありがたい話も聞くことができた。

「イノベーションは定式化できる」はずがない

イノベーションに浮き足だっているような会場の中で、私の頭から1つの疑問が離れなかった。

企業にイノベーション(変化する現実の下で将来の価値を確実にするためにビジネスを一新するプロセス)をもたらすものは、気まぐれきわまりない有機的相互作用であり、血も涙もある人間的なものであって、とてもではないが機械的な公式に落とし込めるものではないだろうという疑問だ。

『WIRED』誌の表紙を飾って売上に貢献してくれたスターたち、イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ビョーク・グズムンズドッティルや彼らに続く人々は、マニュアルに従ってイノベーションを起こしたわけではない。

彼らは気難しかったり複雑だったり人騒がせだったりしたけれど、ある文脈の中で大胆かつ根源的なビジョンのもとにフォロワーを結集させたのだ。彼らの達成への道筋は単純ではなく、順をたどれば再現できるようなものではない。イノベーションがそんなものなら、アップルは単なるスマートフォンのメーカーとして、いまでもノキアの挑戦に怯えているだろう。

私は休憩時間に、そんな疑問をエイブラム・ウォルトンにぶつけた。『インターナショナル・ジャーナル・オブ・イノベーション・サイエンス』の副編集長にしてIAOIPのCOO、知識とビジネスの壁を乗り越える切れ者だ。30代後半のときにフロリダ工科大学の経営学終身教授に指名され、ウォルマートの店長や消防士として働いたこともある。私が「各社から派遣されてここにいる全員が“科学者”というわけじゃないですよね」と水を向けると、彼からはこんな答えが返ってきた。

「イノベーションのプロは翻訳者です。イノベーターの仕事は異花受粉です。イノベーションを説明し実現へと導く方法論には市場価値があるのです。それはひとつの科学作品です

そう言われても、私は釈然としなかった。ウォルトンは自らのイノベーション支援会社をいくつかの仕事と並行して運営していて、NASAやGEといったクライアントから相談を受けている。彼によれば、いずれも産業時代を牽引した組織だが、惰性が支配する社内政治や組織の混乱と機能不全で麻痺しているという。

「そこで彼らは私たちを招き、チーム間コミュニケーションの通訳をさせるわけです。新しいものを生む破壊者(ディスラプター)が、その産業の中から現われることはありませんからね。イノベーションを生む科学は輪郭が見えてきています。それが示すテクニックに従えば、イノベーションは計画的に起こすことができるのです。家を建てるようなものですよ

イノベーションを起こせない企業が抹殺される時代

後でわかったのだが、同じようなことをしている団体は多く、IAOIPは厳しい競争に直面している。1983年にノルウェーでは国際プロフェッショナル・イノベーション・マネジメント学会が結成された。ミシガン州グランドラピッズにはグローバル・イノベーション研究所が、マサチューセッツ州ケンブリッジにはグローバル・イノベーション・マネジメント研究所がある。

企業内でイノベーションを追求している者にとって、専門開発コース、認定資格、国際標準、ツール、出版物、応用研究、ネットワーキングの機会などが用意されている現在は、イノベーションの黄金時代と言ってもよいかもしれない。

今日ほどコーポレート・イノベーション―「組織とその顧客に新しい価値を提供する新鮮なアプローチ」―が喫緊の課題であったことはない。それは主にテクノロジーの避けがたい発展によるもので、既存の収益の流れや古いプロセスの都合などおかまいなしだ。小売から不動産まで、あらゆる分野の企業が必死にビジネスモデルをデジタル化しようとしており、あらゆる技術を動員して市場から抹殺されることを恐れて苦闘している。

インテルの共同創設者であるゴードン・ムーアは、1965年に『エレクトロニクス』誌で発表した、「半導体のトランジスタ集積率は毎年2倍になる」という観察で有名になった。「ムーアの法則」として知られるこの経験則は、コンピュータによる情報の処理と格納のコスト低下を言い表わしたもので、後に倍増に要する時間は「18〜24か月」と調整されたが、現在も有効だ。

同じような指数関数的成長曲線は、太陽エネルギー発電、遺伝子分野の発見、ナノテクノロジー、デジタル製品の製造などあらゆる分野で見られ、コストを大幅に引き下げている。指数曲線はその性質上、希少で高価なものを最終的にはコストを気にしなくてよいコモディティに変えてしまう。

ガス火力発電所を運営する電力会社は、安価なソーラーパネルで発電されたエネルギーをメンバーが共有する地域送電網によって、やがて競争力を失う。従来の医療保険は、すべての患者のDNAにアクセスして個別の治療を提供できる時代には存在意義を失う。エンジンを積んだクルマは、バッテリーコストが低下して機械学習が進み、ユーザーが自動運転の電気自動車を好むようになれば経済的に太刀打ちできなくなる。

既存の企業にとって危険は多岐にわたる。スタートアップ企業は「クラウド・アンド・クラウド」と言われる低コストのクラウド・コンピューティングとクラウド・ファンディングによる資金調達のメリットを享受できることもあり、ほとんどの分野で参入障壁が低下している。

ネットワーク化された世界では、新技術が採用されるのに要する時間も短くなっている。ユーザー数5000万人に到達するのに要した時間は、電話は約50年、iPodは4年、ポケモンGoは19日だった。

そして意思決定の権限は、階層型組織である企業からソーシャルメディアによって力を獲得した消費者へと移った。その結果、大企業の寿命は短くなっている。「創造的破壊」の理論を説いたマッキンゼーの元ディレクターであるリチャード・フォスターは、米国のS&P500企業の平均寿命は、1958年の61年から2012年には18年にまで低下したと計算した。

英国企業について同様の調査をしたリタ・ガンサー・マグラスによれば、1984年のロンドン証券取引所における時価総額上位100社(FTSE100社)のうち、2012年にも残っていたのは24社だけであった。信頼性の高いブランド、継承された伝統、サプライチェーンの優位性、潤沢な広告予算などがあっても、動きが遅ければ何の役にも立たない。

古い企業に取って代わったデジタル・ネイティブ企業さえ、その心配は他人事ではない。フェイスブックの社員ハンドブックには、「われわれ自身がフェイスブックを凌駕するものを生まなければ、他社がフェイスブックを凌駕するだろう」と率直に記されている。

見掛け倒しの「イノベーション劇場」

私が編集長を務めていた『WIRED』の英国版は、「新技術が世界をどう変えるか」を論じる雑誌だ。当然、イノベーションを“つかんだ”とか“取り組んでいる”という企業のトップと頻繁に話をした。彼らはクレイトン・クリステンセンのベストセラー『イノベーションのジレンマ』(1997年)を読み、高コストと複雑さが幅をきかせる市場に、単純さと便利さと手頃な価格を持ち込む破壊的技術について語った。中には、「会社の外の変化のスピードが中の変化のスピードを超えたら、その会社は終わりが近い」というジャック・ウェルチの言葉をそらんじる者もいた。

そんな企業のトップに、私はいつも「イノベーションをめざす取り組みの中で、会社の事業や発想が変わったという具体的な話を聞かせてほしい」と頼んだ。それに対しては、判で押したように、「環境は整ったが取り組みは現在進行中で、結果を云々するのは時期尚早だ」という答えが返ってきた。

各企業ではCIO、スタートアップ・インキュベーター、イノベーション・ラボなどが、ハッカソン、アイデアポータル、スタートアップ投資、シリコンバレー巡礼といった手法を利用してトランスフォーメーションを促すために働いていた。なんなら私も、スタートアップ企業のケースを話してチームに刺激を与えることができるかもしれない。

私はなぜかルーニー・テューンズの漫画を思い出す。ワイリー・コヨーテが崖から飛び出してまでロードランナーを追いかけ、足の下に地面がないことに気づいたとたんに重力の法則で崖下の地面に叩きつけられるという、知っている人にはおなじみのシーンだ。

大きな組織でイノベーションの実現として祝福されるものの多くは、実際には「イノベーション劇場」だ。形式的要件だけ満たした広報目的の見せかけ、自己満足的な空元気にすぎず、組織の考え方や文化の根本は変わっていない。ちょうど、検査手順を押し付けて乗客をいらつかせるだけで、実際のセキュリティ向上には役だっていない空港の「セキュリティ劇場」のようなものだ。

最近目にするファッショナブルな肩書きにも気が滅入る。

「イノベーション・カタリスト」「イノベーション・シェルパ」「チーフ・ディスラプティブ・グロー
ス・オペレーター」(破壊的成長推進主任)「デジタル・プロフェット」(預言者)」
。もうこうなると、パロディこそまともな反応のように思えてくる。

私の机の上に風刺報道の『ジ・オニオン』誌の記事の切り抜きがある。米国の大規模イベント「サウス・バイ・サウスウエスト」(SXSW)のインタラクティブ・テクノロジー・カンファレンスの期間中、会場全体で「イノベーション」という言葉は毎秒8.2回使われており、このペースでいくとカンファレンス終了時までに2400万回使われると推定される」と書かれている。『ジ・オニオン』は続けて、「ゲームチェンジャーの可能性」という言葉も23万回使われたが、「投資モデル」「実際的なビジネス戦略」「経済の実態」は1回も使われなかったと書いている。

本物のイノベーションを求めて

それでも、だ。

それでも私は、わくわくするような本物のイノベーションがどこかで実現しているはずだという思いを捨てることができなかった。成功しているレガシー企業に真に好ましい結果をもたらしたイノベーションが、どこかで実現しているはずだ。なんとしてもそれを見つけ出し、それを可能にした条件を知りたかった。

そのため私は、説得力と影響力のある企業変革の手法を探して世界に旅立つことにした。イノベーションは機械的な公式で導き出されるような単純なものだとは、どうしても思えなかったからである。

ストックホルムで生まれた「幸運な偶然」

私の旅は、過去10年で最高の成果を収めたヨーロッパの起業家を訪問することから始まった

2006年、スポティファイ(Spotify)のCEO兼共同創設者であるダニエル・エクは、レコード会社に対し「ディスクを売って儲ける商売はやめて、デジタルストリーミングで配信するべきだ」と説いた。拒否され続けたがエクは諦めず、ついにほとんどすべてのレコード会社をスポティファイの仕組みに乗せることに成功する。

2018年4月、同社は株式公開の初日に265億ドルの値をつけた。ストックホルムのエクの部屋のデスクの上には、フェンダー・ストラトキャスター(エレキギターの名器)とバーナード・ショーの名言が掲げられている。

「合理的な人間は自分を世界に合わせる。非合理的な人間は世界を自分に合わせようとする。よってすべての進歩は非合理的な人間によってもたらされる」

「困難にもへこたれなかった取り組みの中でイノベーションについて学んだことは何か?」と尋ねたら、こんな答えが返ってきた。「多くの企業がイノベーションについて語り、わが社はこうやったと綺麗にまとめようとする。でも、その通りやってうまくいくとは思わない。どんなにクリエイティブなブレインストーミングをやったところで、会議室でイノベーションが起こるわけじゃない。イノベーションは幸運な偶然(セレンディピティ)の産物だ。思いがけないところから思いがけない影響やアイデア降ってきて生じる。問題をこねくり回しても起こりはしない」

イノベーションにはチームの多様性が必要だとエクは言う。性別や民族性だけでなく、考え方、所得水準、学歴なども含んだ多様性だ。エクによると、最も成功したスタートアップが突拍子もない方向からのコンセプトに基づいて構築されるのには理由がある。

「エアビーアンドビーが好例です。ホテルビジネスの経験がなく、その仕組みも理解していない人々の手で構築されている。僕だって音楽業界については何も知らなかったからこそ成功できたんです。僕にはなぜ彼らがあんなことをやっているのか理解できなかった。「音楽レーベルは決して変わらない」と嘆くのではなく、「こうじゃなきゃおかしいだろ」という考え方で問題にぶつかっていったのです。事と次第では非合理的な人間にならなくてはならない。イノベーションはそうやって起こるものです」

世界中の知られざるイノベーションを直撃取材

イノベーションは多様性から生まれるという説には説得力がある。1959年、米国防総省のある部局―現在のDARPA(国防高等研究計画局)―が、新しい弾道ミサイル防衛システムをこれまでになかった方法で設計しようと考えた。

アイザック・アシモフは創造性について論文を書くよう依頼された。その論文は「われわれはどのようにして新しいアイデアを得るのだろう?」という問いから始まる。アシモフは、チャールズ・ダーウィンとアルフレッド・ウォレスが、独自に、そしてほぼ同時に「自然選択による進化」という考えに到達したことに着目した。二人とも植物や動物が周囲の環境に応じてどのように変化するかを観察しながら世界中を旅行したが、偶然トマス・マルサスの『人口論』を読むまでは、進化の原理を説明することができずにいたのだ。

アシモフはこう結論づける。「必要なのは、特定の分野で優れた背景を持つ人だけでなく、一見すると無関係のような2つの事柄の間に関係を見出すことができる人だ。(中略)異分野をまたいで物事を結び合わせるという、希少価値のある能力を見出すことが必要である。それができて初めて新しいアイデアは理に適ったものとして世に受け入れられる」

アシモフはまた、優れた新しいアイデアは何か別の問題に取り組んでいる人、したがって責任の重荷なく自由に試すことができる人からもたらされる傾向があることを指摘した。「そのような人は偉大なアイデアを得るために雇われていたのではない。教師であり、特許書記官であり、下級役人だった。誰にも雇われていなかった人もいる。要するに、偉大なアイデアは何かの副産物として思いがけなく生まれるのである」

もしその通りなら、イノベーションの推進を職業とする人々にとっては前途多難だ。私は、権限を与えられた少人数のハイブリッド集団が状況を一変させるような発想を得るという考えに興味をそそられ、異例の成長を遂げたスタートアップ組織を社内につくったレガシー企業の例を探すことにした。真の企業内イノベーションを探究するためには、そのような傑出した例を見つけ、自分の前提の正しさを立証する必要があると考えたからだ。

ほかの企業はどうしているのだろう?
革新的アプローチで目に見える成果を上げている組織はどこにあるだろう?
私たちはそこから、何を学び取ることができるだろう?
新市場で咲き誇る中国の並外れた起業家精神から何を学べるだろう?
デジタル・ファーストに変身したヨーロッパのレガシー企業から何を学べるだろう?
根底レベルから自らの存在を問い直した政府から何が学べるだろう?

口先だけではなく、実際の役に立つ戦略がいま、求められている。
そんな戦略を追究する旅に出発する時がきたようだ。