ホワイトハウスPhoto:Reuters

――筆者のジェラルド・F・サイブはWSJチーフコメンテーター

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 バラク・オバマ前米大統領は2010年1月、下院本会議場に入って一般教書演説を行った。その時こう宣言した。「われわれの前には新たな10年間が広がっている」

 オバマ氏は、米国民がいら立ちと怒りを抱え(金融危機で傷ついた直後ではなおさら)、大声で叫ばれる政治的主張にうんざりしていると述べた。そして楽観的な調子でこう続けた。「これからの10年間は、米国人が自分たちの良識にふさわしく、その強さを体現する政府を手に入れる時だ」

 今やその10年間が終幕に近づいている。だが自分たちの政府と社会が、それほどの高尚なビジョンに沿った行動をしてきたと多くの米国人が言うとは到底思えない。

 むしろ米国社会でもその政治システムでも分断が一段と拡大し、強固になった。右派ではポピュリストやナショナリストの感情が、左派では社会主義者の感情が、過去10年間に並行して盛り上がった。その結果、政治的・社会的な中道派は、記憶にあるどの時代よりも不毛な場所になった。

 オバマ氏の演説当時に勢いをつけていた保守系草の根運動「ティーパーティー(茶会)」も、ドナルド・トランプ大統領の共和党乗っ取りに道を開くきっかけとなった。トランプ氏はそれまでの共和党政治家とは全く異なるポピュリスト的なメッセージを発信した。一方、民主党の少なからぬ層は、オバマ氏のような伝統的リベラリズムから、バーニー・サンダース上院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員、アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員らが唱える一層リベラルな信条へと方向転換した。

 一体何が起きたのか? 答えの1つは金融危機に端を発する経済的不安にある。それは当初考えられていた以上に深い傷跡を残した。

 景気後退(リセッション)は単に米国の幅広い地域に苦痛を与えただけではない。左派・右派の両サイドに新たな懐疑が芽生えた。金融・政治のエスタブリッシュメント(支配層)は、国民全体の利益にかなう政策運営に本当に関心があるのかという疑問だ。

 それだけではなく、多くの平均的米国人は、危機へのエスタブリッシュメントの対応が、自分たちの受けた苦痛と比較して不十分だと結論づけたのだ。

「中道左派の見方は、オバマ氏の取り組みは現状とずれているというものだった」。2012年の大統領選でミット・ロムニー陣営の国内政策責任者を務めた保守系シンクタンク「マンハッタン研究所」のオーレン・キャス氏はこう指摘。「中道右派にもほぼこれに匹敵する反応がみられた。つまり、中道右派の教義である標準的な供給サイドの成長メッセージもまた、現状には適さないというのだ」

 リベラルな左派はこう結論づけた。もっと大規模な政府の景気回復プログラムを実施すべきだったのではないか。痛みを引き起こした資本家の責任が問われるべきだったのではないか。その結果、サンダース、ウォーレン両氏のようなリベラル派の民主党議員が、過去の候補者に比べてずっと野心的な政策案を打ち出し、支持を広げようとする流れができた。「それが最も顕著な変化だ」とワシントンのシンクタンク「アメリカ進歩センター(CAP)」のシニアフェロー、ルイ・テシェイラ氏は言う。「民主党は大がかりな構造的変化を語れるようになった」