その「もし」が、中山さんと似たタイプの相沢によって現出されたら、今後のマラソンを見る楽しみがふくらむ。

 しかし、これらの証言に接して思うことがある。日本の長距離シューズは、長く特定の「名人」と称されるひとりの人物の影響を強く受け続けてきた。五輪のマラソンに出場する選手たちの足下には彼が作ったシューズが提供される時代が長くあった。

 コンセプトは足袋のようなシューズ。いずれも薄底だ。その功績には敬意を表するが、時代とともに道具の果たす役割が大きく変わっている。それなのに、従来の価値観や哲学に固執し、あるいはそうした長老の言い分に支配され、変革が遅れたとすれば、そこは大きな反省とすべきだろう。

国際陸連はこのシューズを禁止するのか?

 長距離界の記録ラッシュは、箱根駅伝に限ったことではない。昨年10月には、世界記録保持者のエリウド・キプチョゲが、2時間切りを目的としたレースで1時間59分40秒22をマークした。この時もキプチョゲはもちろん、一緒に走ったペースメーカー全員がナイキの厚底だった。

 かつて水泳界が新素材の水着『レーザーレーサー』に席巻されたとき、「着れば記録が短縮される」というこの水着は禁止の道をたどった。厚底シューズにも同様の批判と検討を求める声が上がっている。果たして、カーボンプレート入りの厚底は禁止されるのか?

 関係者によれば、「一般に市販され、通常のランナーが入手できるものかどうか」が禁止になるかどうかの1つの判断基準だという。『ヴェイパーフライ ネクスト%』は日本のナイキショップでも普通に市販されている。ただし、価格は約3万円だ。通常、レース用のハイレベルシューズでもせいぜい1万8000円くらい。3万円が一般的と言えるのかどうか。耐久距離が400キロ程度という消耗品的側面もどう判断されるだろう。

 しかし、スポーツの普及や技術革新は、道具の進化とともに発展してきた。エンジンが付いているならともかく、メーカーが選手たちの身体の安全と健康、そして技術のサポートを目的に開発した商品に「ノー」が言えるだろうか。

 着用した多くのランナーが(一般のジョガーも含めて)、「履くと、走るのが楽しくなるシューズ」と口をそろえる。走るのが楽しくなるシューズは、歓迎こそされ、これを禁止せよというのも古いスポーツ観ではないだろうか。

(作家・スポーツライター 小林信也)