問題を単純化すると、(1)インフルエンザのように流行力があり、(2)SARSのように致死率が高い、という2つの条件がそろった場合、人類にとって致命的なパンデミックが発生する恐れがあります。そのような条件下で、あとから考えてみれば、2002年のSARSは(1)の条件が満たされず、2009年のインフルエンザは(2)の条件が満たされなかったとも言えます。

 だからといって、実際に「どこまで予防すべきか」という境界線を正確に見極めることは難しいもの。予防をする側の立場は、予防の効果を強調することであり、問題がない病気に対して結果的に経済活動の制約が課されたことを批判する人とは違う立場なので、議論が噛み合わないわけです。

 しかし、今でも危惧される鳥インフルエンザA型の突然変異種は、(1)の要素を持つことは当然ながら、もし(2)の要素も持っていたら、スペイン風邪の再来ともいうべき惨事を引き起こすことが確実でしょう。スペイン風邪とは1918年に世界的に流行した新型インフルエンザで、世界で5億人が感染し、そのうち10~20%の患者が死に至ったとされています。

新型の病気が発生するたびに
恐怖に苛まれる人類の運命

 人類はそもそも免疫を持たないウイルスの攻撃に対して脆弱な生き物であるとともに、ウイルスが常態的に突然変異を繰り返していることで、私たちは常に新型の病気が流行する可能性の下で生活をしています。そして、人類の歴史を千年単位で振り返れば、これまで何度も同じような伝染病の流行が繰り返されてきました。

 しかもウイルスの場合は、現代のように医学が進んだ時代でも、治療薬の準備が整い、治療法が確立するまでの間にパンデミックが終わってしまうことがあります。現代でも、パンデミックの問題は解決できないのです。

 多くの病気は世界的な予防の枠組みの中で、ごく一部の地域、一部の患者にその影響範囲を抑え込むことに成功できています。今回の武漢市の新型肺炎も、その範囲内で収まることを期待したいところです。

 その一方で、これだけ世界的に人々が移動を繰り返す時代においては、新たな病気のパンデミックを本質的に抑え込む術はありません。その実態を知っているからこそ、私たちは新型の病気が発生したというニュースを耳にするたびに恐怖を覚え、その時点で最も高いレベルの警戒を行わざるを得ないわけです。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)