すごく素朴に問いかけよう。トラックレースの選手たち、とりわけ短距離のスプリンターたちは、針のようなピンのついたスパイクを愛用してきた。最近になって、ピンのないシューズが開発され話題になったが、スプリンターがスパイクを着用するのは誰もが知っている。

 このピンは何のためだろう? 少しでも速く走る、走りやすくするためではないのか? そのために、あんな危ない、一見してシューズとしては不自然な形状のピンを付けることを許してきた陸上界が、カーボンプレートを内蔵する厚底シューズを禁止できるだろうか?

 かつて棒高跳びのポールは竹だった。これがグラスファイバーに代わり、記録が伸びるとともに安全性も高まり、技術も革新した。これによって棒高跳びがより面白くなったともいえるだろう。厚底シューズを禁止するなら、棒高跳びも竹に戻さなくてはならない。

 断っておくが、不公平でも不当でも、記録が出るシューズを容認すべきだと論じているのではない。このシューズの規制には、もう1つの側面がある。

 日本では長く「薄底」のシューズこそが王道だという伝統があるために、厚底への抵抗感が他国に比べても強いように感じる。それは、金栗四三以来の伝統も影響しているだろう。日本の長距離走者の多くはかかとから着地し、足全体を地面につけて爪先で蹴って前に進む。その走法には薄底シューズが適している。

 また日本の往年の名選手や指導者たちの間には、「シューズは足を保護するために履くのであって、スピードを増すための道具ではない」という観念もある。それが厚底シューズへの抵抗にもなっているが、厚底シューズもそもそもスピードアップだけが主眼ではない。かかとを着かず、爪先側で着地して走るスタイルのアフリカの選手たちの足を守るためという目的もある。禁止はアフリカ選手への不利益をもたらす可能性がある。

 禁止報道で疑うべきは、ライバルメーカーからのメディアへの働きかけだ。ナイキ一社が勝ち組になっている長距離シューズの争いは、他社にとって面白いわけがない。忖度か重圧かはわからないが、ナイキへの牽制と禁止を報じることで少しでも一強ムードに一石を投じる狙いがあるかもしれない。

 イギリスの新聞は、感情的な動機で記事を書き、読者を煽る手法でも知られる。あくまで推測だが、禁止報道は厚底シューズの人気を苦々しく思っている読者の歓心を買うことができる。