年金積立金に
まつわる「誤解」とは
公的年金に関してはさまざまな誤解が存在する。それはあたかも行動経済学におけるヒューリスティックのように、イメージと思い込みによって勘違いしている部分が多いのである。加えて、高名な学者や評論家の先生方の中には年金の本質を理解しておられず、間違ったことを平気でおっしゃる方々も見受けられる。
一般の人から見れば、あんなに著名な人が言っているのだから正しいに違いない、という、言わば “ハロー効果” がもたらす印象は大きいと言えるだろう。それらの誤解を一つ一つ挙げていけばキリがないのだが、今回は「年金積立金の誤解」について話をしてみたい。
日本の公的年金制度は、現役世代の保険料負担で高齢者世代を支えるという考え方を基本としている。これは「賦課方式」と言って、毎年払い込まれた保険料と国庫負担で、その年の年金受給者への支払いをまかなうという仕組みである。言ってみれば単年度決済なのである。ところが年金財政には別途「年金積立金」というものが存在し、その残高は平成29年度末で約198兆円にものぼる。(「公的年金財政状況報告-平成29年度-の概要」15ページ)
この巨額な資金は一体どこから来たのだろう?これは、これまでに払い込まれた保険料のうち、年金の支払いに充てられた後、さらに余った分が積み立てられたことによるものだ。かつては今ほど高齢化が進んでいなかったため、毎年の保険料の方が年金への支給額を上回っていた時代があったのだが、その頃に蓄えていた資金を運用し、このような大きな積立金になっているというわけである。
ところが、ここに大きな誤解が存在する。それはこの巨額の積立金が年金を支給するための「原資」だと考えられていることである。確かに、この積立金の額は巨額である。その額はわが国の年金支給額の4.9年分となっているのだが、これは先進国の中で見ても突出して多い。
例えば米国の積立金は3年分であるし、英国やドイツはわずか2カ月分足らず、フランスに至ってはほとんどゼロに近い状況である。(厚生労働省年金局「諸外国の年金制度の動向について」2018年7月30日)
これだけ巨額の積立金があれば、これこそが年金支払いの原資だろうと誤解が生じるのも無理はないところはある。しかし、前述のように年金制度は賦課方式であるため、積立金というものは本来、不要なのである。なぜなら毎年の保険料と税金で、その年の年金給付をまかなっているからだ。