「監督」になってから選手たちに言い続けた2つの言葉

「誰かに支えられて生きている」

 野球エリートではなかっただけに、私には常にそうした意識が野球をしている間、ずっとあった。

 チームメイト。コーチや裏方のスタッフ。応援してくれるファン…「大勢の人が自分を支えてくれている」と認識していると、粘りが違ってきた。ここ一番の勝負どころで、もうひと踏ん張りできる。自分の名誉や成績だけしか見ていない人間は、このひと踏ん張りが出ない。逆に気負って空回りする。

 たとえば、私は現役時代、657本のホームランを打った。それなりの個人記録だ。しかし、ホームランを狙って重ねてきた数字ではない。「俺が俺が」とホームランを狙って打席に立つと、バッターというのは必ず力み、読みもフォームもおかしくなるものだ。

 チームのため、勝利のために「確実にヒットを打とう」と考えるから、全神経をピッチャーの投げる球に集中できた。ムダに力むことなくバットを振れた。

 それがホームランにつながり、結果的にチームに勝利を引き寄せたのだと感じている。「個の成績がチームに対する貢献になる」という考え方がある。逆だ。「チームの勝利を目指しておのおのが取り組んだ結果が、個の成績になる」のだ。

 だから、監督になってからも、私は選手たちに「チームのために戦え」「他人への感謝の気持ちを忘れるな」と常にいってきた。この二つは同じ意味だ。力を出し切り、成果を出し続けるためのモチベーションの火を灯し続けろということだ。

 多くの仕事が同じだと思う。自分のことだけ考えて仕事をする者は長く続かない。人ひとりの力は、それほど強くないのだ。