その後、証言台の前で「皆様に深くおわびします」と謝罪し突然、口元に手を運び、暴れ出した。警備担当の職員4人が制止し、青沼裁判長は休廷を宣言。再開時は被告人不在で審理が進められた。

 植松被告の行動は右手の小指をかみ切ろうとしたためと判明し、閉廷後に記者会見したやまゆり園の入倉かおる園長は「事件の時と同様『何と浅はかな、愚かなヤツなのか』としか思えなかった」と憤った。

 1月10日の第2回公判では自傷行為を防ぐため、手袋を着けて出廷させられた。そして、事件の状況が検察側から語られる。

 職員の供述調書によると、夜勤の職員を拘束し、入所者に「喋(しゃべ)れるか」を聞き、殺害するかどうかを決めていた。

 途中で植松被告の意図を察知した職員が「喋れる」と答えると、自分で判断するように。「こいつらは生きていてもしょうがない」「あいつは殺さないと」などとつぶやいていたという。

愛する家族を突然奪われた無念

 死因は多くが首を刺されたもので、抵抗した際にできる防御創が手を貫通している犠牲者がいたことなど、強い殺意があった状況も明らかにされた。

 1月15日の第3回公判は遺族の調書などが紹介された。「美帆さん」。青沼裁判長は被害者特定事項秘匿制度に基づき「甲A」としてきた犠牲者を、遺族の意向を踏まえ実名で審理することを明らかにした。

 調書は神奈川県警や横浜地検が作成。「物事をまったく理解できなかったわけではない」「短い言葉なら話せた」と述べるなど、植松被告の「意思疎通ができない重度障害者を殺した」という主張と反する内容も含まれていた。

 犠牲者の女性(当時60)の弟は「痛かっただろう、怖かっただろうと思うと、胸が張り裂けそうになる」「被告が悔い改め、厳罰に処されることを望む」とする供述が明らかにされた。

 第4回公判が開かれた1月16日は、検察側が負傷した入所者24人全員の家族から聞き取った内容を朗読。「テレビに事件の映像が映ると布団をかぶって見ないようにする」など、トラウマになっている様子が紹介された。

 この日までに犠牲者19人全員の遺族の供述調書が朗読された。「苦労はあったが、ちょっとした変化を見守るのは幸せだった」「生まれ変わってもまた私の子どもに生まれてほしい」――。愛する家族を突然奪われた無念を語った。