また「障害者差別に憤りを感じずにいられない」「殺されるような悪いことをしたのか?と問いたい」。憤りとやるせなさが交差していた心境が明かされた。

 1月17日の第5回公判は植松被告の元交際女性が証人として出廷。14年当時は「散歩している入所者を見て『かわいい』と話していた」が、翌年には「あいつらは人間じゃない」と否定的な発言が多くなったと証言した。

 そして事件を起こすことをほのめかされ「刑務所に入るよ」と指摘すると、植松被告は「世間が賛同して出てこられる」「俺は先駆者になる」と言い放ったという。

 女性は植松被告について「重度の障害者とコミュニケーションをとるのが難しく、給料も安く、何のために働いているのか分からなくなったのではないか」と職場環境の問題についても語った。

従来の主張を曲げることはなかった

 1月20日の第6回公判では、教員を目指していた植松被告が薬物を使い、障害者を差別する言動をするようになるなど「別人のよう」と戸惑う友人の声が紹介された。

 事件の5カ月前、電話やLINEで「重度障害者はこの世に必要ない」「抹殺すべきだ」と賛同を求め、疎遠になる友人が多くなった。

 植松被告の被告人質問が行われたのは1月24日の第8回公判。植松被告は「刑事責任能力を争うのは間違い。(自分に)責任能力はある」と弁護人の主張に異議を唱えた。

 さらに「意思疎通できない人間は安楽死させるべきだ」と主張。弁護人が「重度障害者でも、家族は愛している」と指摘したが、植松被告は「国から金と時間を奪っている限り守るべきではない」と強弁した。

 第10回公判は2月5日に開かれた。犠牲者の遺族が「なぜ殺さなければならなかったのですか」と問い、植松被告は「社会の役に立つと思ったから」と乾いた声で答えつつ、謝罪の言葉を口にした。

 心境を「遺族の方と話すのは心苦しい」と述べつつ「できることで一番、有意義だった」と従来の主張を曲げることはなかった。

 2月6日の第11回公判では、被害者参加制度に基づき、遺族や負傷者の家族、職員の代理人弁護士が質問した。