主役は不在だが、脇役の公判を通じて判決が言い渡され、犯罪事実が認定されるケースは過去にもある。イレギュラーではあるが、こうした形でゴーン被告が有罪か無罪か、刑事責任が明らかになるというわけだ。

起訴で有罪率99%以上の理由

 それでは、日産とケリー被告の公判の行方はどうなるのか。

 ゴーン被告は逃亡前、日本の刑事裁判で有罪率が99%以上であることを理由に「有罪が前提で基本的人権が否定されている」「公正な裁判は期待できない」などと日本の刑事司法制度を批判していた。

 これは当たっている面もあるが、的外れな面もある。

 というのは、起訴されると99%以上の確率で有罪という点はその通りだが、それは検察側が証拠を精査し、確実に有罪が見込める事件しか起訴しないから高い有罪率になっているにすぎない。

 検察官が扱った事件のうち、起訴する割合は年々減少している。1985年は約6割だったが、05年には半分以下に。18年は約37%だった。

 これは被告人になると公開の法廷に立たされ、公判の準備で相当な時間を費やすため、精神的・経済的な負担が大きく、無罪の可能性がある人にこうした負担を強いるべきではないというのが検察側のスタンスだからだ。

 だが、それが行き過ぎてしまうと起訴すべき事件も不起訴にしてしまうという弊害もありうる。

 最近では学校法人「森友学園」を巡る一連の疑惑で、刑事告発された佐川宣寿元国税庁長官や財務省職員らが不起訴となって捜査は終結した。

 誰の目にも不正は明らかだったのに、集めた証拠や証言は法廷で公開されることもなかった。ネットでは「官僚に忖度(そんたく)」「上級国民はおとがめなしか」と批判が噴出していた。

裁判官の判断、分かれる可能性

 それでは、起訴されたゴーン被告は逃亡しなければ99%以上の確率で有罪になっていたのだろうか。

 実は、そうでもないようだ(以前の記事『ゴーン被告の海外逃亡に、検察が「ほっとしている」かもしれない理由』参照)。