そして、企業に資本性の資金を迅速に入れることができるのは、他の事業会社(M&A)でなければ、PEファンドしかない。

 日本のPEファンドは、もともと2000年代前半に事業再生ファンドとして急成長した経緯があり、その時代のファンドの中にもまだ活躍中のところがある。しかし、問題はファンドの規模である。

 欧米には、KKR、カーライル、ペルミラなど、数兆円もの資金を運用して産業の新陳代謝に大きな役割を果たすPEファンドが多数あるのに、日本のPEファンドは、長い実績があるファンドでもせいぜい数百億~1000億円程度のものだ。

 その違いを生む大きな原因は年金の投資行動の差である。欧米において年金がPEに積極的に分散投資され始めたきっかけは、1970年代以降の米国のERISA法だ。日本には多額の家計部門の金融資産があり、その多くが年金に眠っているのだが、PEへの分散投資が進まないため、日本のPEファンドの規模も小さくなってしまっているのだ。

 従って、政府がやるべきことは、PEファンドへの分散投資が年金の運用リスクを低減するという、現代では当たり前の常識を元に、公的年金をはじめとする国内の年金運用の一部を日本の民間・独立系(特定の金融機関等の傘下になく、利益相反が生じない)のPEファンドに分配することだ。そのことは、既に2013年に、筆者も参加した自民党の日本経済再生本部における公的年金運用改革の議論でも認識されていたはずなのだが、残念ながらいまだに実現していない。

 そればかりか、安倍政権下では、民間PEファンドの育成という本来の課題を忘れたかのように各省庁の省益を代弁するような「官民ファンド」が乱立し、また、民営化されるはずだった政府系金融機関が資本性の資金を企業に入れるようになってしまっている。

 日本は共産主義国家ではない。コロナ・ショック後には、民間PEファンドの育成に舵(かじ)を切ってほしいものである。

 もっとも、コロナ・ショック後の事業再生のために、例えば2年後をターゲットに大型民間PEファンドを育成するとしたら、年金基金側の準備が整うまい。その場合は、巨額のETFやREITを買い入れている日銀の資金のほんの一部なり、GPIFの運用資金のほんの一部なり、政府系金融機関や官民ファンドに向けられている財政投融資の一部なりを国内の民間・独立系のPEに配分してシードマネーにすべきではないか。

 官が民間企業の救済に乗り出すのは簡単なことだ。しかし、それでは資本市場の規律が働かず、産業の新陳代謝も起きないことになりかねない。

 民間・独立系のPEファンドは、これまでも地域金融機関の事業性評価融資に呼応して協働を重ねてきた実績がある。銀行の中でも地域金融機関の行員はまだ事業性評価融資を始めたばかりだが、民間・独立系のPEファンドは、もとより投資先の事業性を評価し、自らが経営陣と共に事業の隅々にまで関わり、維持発展させていく役割を長らく担ってきた。

 銀行と民間・独立系のファンドが力を合わせて社会に必要な企業を再生させ発展させることこそ、「ポスト・コロナ」の金融のあり方であることは間違いない。政府の賢明な判断に期待したい。