首都移転反対派の声が小さくなったのだ。早く移転すべきだという企業経営者や評論家も現われ始めた。国民の中にも首都移転賛成派が著しく増えていった。
同時に首都圏から逃げ出す人や企業が急激に増え始めた。名古屋、関西方面の支店の充実を図り、データや在庫の一部を移動させ始めたのだ。新たな支店を作る企業も多くなった。首都の移転先を早急に決定するようにという声が上がり始めた。
それにつれて、政府も具体的な動きを見せ始めた。首都移転チームにさらなる人や資金を増大させ始めた。近く組織を格上げするという話も聞こえてくる。
本格的な地震は5年以内に92パーセントの確率でやってくる。誰もがその危険性を現実のものとして捉えることになったのだ。
森嶋たちの作業もさらに緊急性を帯びてきた。
しかし、やはり国民の中にも、また国会議員の中にも強硬に首都移転反対を叫ぶ者もいた。彼らの最大の理由は、天皇の問題だった。法律は衆参両院を通過し成立すると天皇が親書押印して、官報によって公布される。施行は公布から満20日後だ。これは天皇の重大な国事行為になっている。やはり、首都には天皇の存在が欠かせないというのだ。
地震から数日後、森嶋が役所に着くと優美子がやってきた。
「ちょっと話があるんだけど。一緒に来てくれない」
「これから仕事だぜ」
「村津参事官の許可は取ってる」
優美子の顔はいつになく真剣そのものだ。チームが拡大するにつれ、いつの間にか村津の呼び方も参事官に統一されつつあった。
森嶋と優美子が外に出ると車が待っていた。役所の公用車だ。
「どこに行く」
「ほんの隣よ」
確かに隣だった。歩いて10分もかからない。車は財務省に入っていく。