しかし、「日本は特別な国」という勘違いが広まっているためか、この現実を受け入れられない人も多い。曰く、「生産性では日本経済の強さは測れない」「終身雇用など独自の企業文化があるので、諸外国に比べてそこまで賃金が低いとはいえない」というものだ。さらには、「日本がこんなに生産性が低いわけがないので、この計算がそもそも間違っているのではないか」というちゃぶ台返しをして、賃上げに本気で取り組んでこなかった。

 厳しい言い方だが、そういう現実逃避の結果が「今の日本」なのだ。

 ことあるごとに「〇〇2.0」だと叫びながらも、中小企業が占める割合が99.7%という産業構造は、昭和から何も変わらない。世界一の技術力だと言いながら、日本のモノづくり企業は世界の時価総額ランキングから次々と脱落して、50位圏内にはトヨタ自動車がかろうじて残っている程度だ。では、中小企業が元気なのかというと、GAFAやBATのように世界市場で競争できるようなスタートアップも生まれてこない。

 成功した理由を「勘違い」するということは、これほど恐ろしい事態を招くものなのだ。

「ウイルスナショナリズム」の
ムードには不安を感じる

 先の戦争で悲惨な負け方をした理由を、いまだに体系的に説明できないことからもわかるように、日本人は終わってしまったことについての要因分析が苦手だ。よく言えば、未来志向。悪く言えば、忘れっぽい。

 新型コロナの収束についても、何となく「結果オーライ」で済まされているが、今の日本経済の衰退ぶりを踏まえれば、「国民性」や「頑張ったから」などという抽象的な理由で片付けられていることに、かなり不安を感じる。

 テレビでは、立派な先生や評論家の皆さんが、「コロナの第2波は恐ろしい」と盛んに警鐘を鳴らしている。しかし、本来は医療や科学の分野の話であるはずのウイルスを、自国の文化水準や国民性と強く結びつけて語る「ウイルスナショナリズム」ともいうべき今の社会のムードの方が恐ろしいと感じるのは、筆者だけだろうか。

(ノンフィクションライター 窪田順生)