分析の品質と範囲、
実行速度が大きく向上
AIをはじめとするテクノロジーの進化によって、データアナリティクスの精度はかなり向上してきています。こうした新しいテクノロジーは、実際のM&Aの実行面でどのよう活用されているのでしょうか。
渡辺:直接的には、2つの大きな変化が起こっています。一つは分析の品質と範囲、もう一つはその実行速度です。
まず、分析の品質と範囲ですが、これは従来よりもはるかに詳細な分析が可能となりました。従来のデューディリジェンスでは、売り手企業が準備した管理資料などをもとに分析していましたが、いまでは個々の請求書レベルまで、またはロケーション別や店舗別のSKU(最小管理単位)ごとの分析も可能になっています。これにより、買い手と売り手の双方が案件の実際のバリュードライバーをより深く理解できるようになっただけでなく、買い手の意思決定において安心感が高まるという効果も出ています。
アメリカにおいて、KPMGは大手保険会社に請求される個々の医療行為に対する数百万に及ぶ保険金の請求データを集積、分析しています。このビッグデータを使うことで、ヘルスケア業界への投資を検討している顧客は、対象会社の収益性について、競合他社比較を含む高度な分析が可能となっています。
階層化された大量のデータ分析が実務レベルで可能になったのは、実行速度が桁違いに高速化されたからです。以前ならば数日かかっていたデータ分析が、いまでは数時間で終わります。また、分析結果についても外部の分析ツールや独自開発ツールを駆使して、経営者やディールチームにわかりやすくビジュアライズすることで、課題が可視化され、顧客はその解決策の策定に集中することができるようになります。
M&Aの生産性はかなり向上したようです。では、そのことによってどのような効果を得られたのでしょうか。
渡辺:テクノロジーの活用により、ディールチームはデータの深掘り、それに基づく新しい仮説の立案と検証、さらにはそこから得られる洞察を案件の意義付けや評価、実行計画などに統合していくといった、より案件自体のバリューに直結することに注力できるようになりました。テクノロジーの有効化は、業務効率を向上させるだけでなく、M&A実行プロセスの全体的な価値をも向上させていると認識しています。
通常、買収前のデューディリジェンスは、一定の制約の下、限られた時間で、限られた情報を分析します。それがテクノロジーを使うことで、より幅広く、より質の高い分析が可能となります。そして、それはその後のPMIにも活きてきます。
たとえば、海外の製造業の会社を買収したある会社は、買収後にその子会社の運転資金の最適化で問題を抱えていました。多拠点、多階層にわたる膨大な数字の管理と財務的な分析が進んでいなかったからです。この事例でKPMGは、財務の専門家チームがテクノロジーチームと協働で独自開発した分析ツールを用いることで、わずか1週間で問題の所在を突き止め、その後のソリューションの提案につなげています。それも、顧客側の追加的な作業負担を極力抑えることで、本社および当該子会社の通常の業務運営にほとんど影響を及ぼすことなく達成しました。
フォード:これまで述べたようなM&Aにおけるデータ活用は、KPMGが最も得意としていることです。長年にわたって蓄積してきたM&Aデータは言うに及ばず、業界ごとのさまざまな経営や財務に関するデータをベンチマークしてきたからこそ可能になっています。当然のことながら、ベンチマークデータの構築は一朝一夕にできるものではありません。また、テクノロジーの進化なくしては、その実務的応用も考えられなかったことです。
テクノロジーの進化によって、M&Aの戦略も実行も劇的な変貌を遂げました。近年のM&Aの現場では最先端テクノロジーを駆使して、短時間で膨大なデータを分析します。ですから、データから顧客の課題を読み取り、可視化できる、分析力のある人材を必要とします。
ところが、M&Aの経験が豊富な人材は、テクノロジーにはうといケースが多いです。逆に、テクノロジーに強い人材はM&Aのことをよく理解していません。そのため、なかにはデジタル解析を外部に委託する企業もありますが、KPMGでは案件ごとにあらゆる人材が連携してM&Aの実施を支えます。M&Aのエキスパート、顧客の業界に精通する専門家、テクノロジーに詳しいデータサイエンティストなど、あらゆる領域の人材が一つのチームとして一体となって顧客の課題を発見し、そのソリューションを提供する体制があるのです。
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