2019年末刊行の『世界標準の経営理論』で、日本企業が陥った進化の袋小路を鋭くえぐった入山章栄教授。今回は、先ごろ『ネットビジネス進化論』(NHK出版)を上梓したばかりの尾原和啓氏を迎え、ネットビジネスのこれまでとこれから、日本人のグローバル化、若い世代に託した思いなど、縦横無尽に語り尽くしたオンライン対談の模様をお届けする第2回。理論と実践に裏打ちされたお二人のやりとりを読めば、新たなビジネスチャンスを手にすることができるかもしれない。(構成/田中幸宏)

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「早慶」で競い合っている場合じゃない、ベンチマークする相手が違う

尾原:『世界標準の経営理論』を読んで、「両利きの経営」と並んで今回ぜひ入山先生とお話ししたかったのは「レッドクイーン理論」です。日本企業同士でベンチマークし合って共進化しているうちに、気づいたら、東南アジアと比べても2周、3周遅れになっていて、日本にもう一度、ネットビジネス的な競争環境を持ち込むためにはどうすればいいのかを考えたいと思います。

入山:なるほど。レッドクイーンというのは、同じ業界の中で、3、4社くらいのプレイヤーが競争すると、お互いにベンチマークし合ってしまって、結局しょぼいイノベーションしか出てこなくなるという状況です。「あっちがやるならこっちもやろう」ということを続けていると、どうしても認知が狭くなる。だから、私は「早慶」という括りが好きじゃないんです。私は早稲田の教授ですけど、いまさら慶應と競い合ってどうする、という思いがあります。

尾原:なるほど(笑)。いまだったら、北京の清華大学やIIT(インド工科大学)をベンチマークしないと。

入山:世界ランキング200位にも入っていない大学同士が、こんな狭い東京でベンチマークし合ってどうする、ということです。いまなら、清華大学とか、世界中を移動しながら学ぶ…….。

尾原:ミネルバ大学ですね。

入山:そういうところを見ていないとダメだという問題意識を持っています。では、どうすればいいかというと、2つポイントがあると考えています。1つは、日本全体で見たときに、本来なら退場しなければいけないはずの会社が潰れないで、そこそこサバイブできてしまうという問題です。そこにお勤めの方には申し訳ないけれども。

 尾原さんの本にも書いてありますが、マーケットのとらえ方がそもそも違うわけです。日本の人口は1億2000万人ですが、グローバルビジネスをやるためには、最低10億人のマーケットが必要です。シリコンバレーのネット企業が強いのは、ほかにもいろいろ理由はあるけれど、英語でつくったものが世界中でハネるからです。中国の人口は14億人だから、中国の国内だけでも十分なマーケットがあります。東南アジアも、ASEAN全体で6億5000万人のマーケットです。

 私は毎年秋に東南アジアの国を訪れて、スタートアップのピッチイベントで基調講演をする機会があるのですが、東南アジアのスタートアップのレベルはかなり高い。

尾原:もうすごいですよ。

入山:みんな英語で堂々としゃべるし、余裕で日本のスタートアップを抜いているところもある。去年はホーチミンで開催されて、グラブのベトナムのヘッドの方のスピーチを聞いたんですが、もう完全に東南アジアを全部獲りにきているなと。6億5000万人の市場を獲るのがグラブかゴジェックかという争いをしているわけです。そう考えると、日本の1億2000万人という市場は微妙で、グローバルで勝負するには小さすぎるマーケットだけど、そこそこ生き残れてしまうだけの大きさがある。

尾原:生き残れちゃいますね。

尾原和啓(おばら・かずひろ)
IT 批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのi モード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレイトディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、グーグル、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に、『IT ビジネスの原理』『ザ・プラットフォーム』(共にNHK 出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎)、『どこでも誰とでも働ける』(ダイヤモンド社)、『アルゴリズム フェアネス』(KADOKAWA)、共著に『アフターデジタル』『ディープテック』(共に日経BP)などがある。(撮影:疋田千里)

入山:韓国のように5000万くらいの人口だったら、国内市場だけでは無理だから、最初から海外を目指すしかないけど、1億2000万人だと微妙に生き残れてしまう。結果として、いまだに3、4社がお互いをベンチマークし合う状況が続いているわけです。

尾原:『キャプテン翼』の翼くんと若林くんが戦ったら、次は南葛SCで一緒に全国大会を目指して、さらに日本代表にのぼり詰めてワールドカップを戦って、というステップアップになっていないといけない。

入山:そうなんですよ。だけど、いまだに(翼率いる)南葛小が(若林率いる)修哲小と戦っていて、それって第1巻でしょ、みたいな話です(笑)。

尾原:「ボールは友達」とか言って顔面ブロックしてるだけじゃダメだよと(笑)。

言語バリアがないサッカー、経済学者、料理人はグローバルで活躍できている

入山:話を戻すと、日本の大企業、中堅企業には優秀な方がたくさんいるのですが、そういう人たちが終身雇用でずっと閉じこもってしまっている。たとえば、東大京大卒の優秀な人たちが、大手メーカーの研究室に何十年も閉じこもって、外に出てこなかったりする。もし、会社が潰れたら、そういう人材がスタートアップを始めたり、別の会社に移って新しいことを始められる。現に、フィンランドがいまスタートアップ大国になっているのは……。

尾原:ノキアという人材の中心地がバーンと弾けたから!

入山:そうです! ノキアがマイクロソフトに買収されて、マイクロソフトが大量に首を切ったから、その人たちがいま起業しているわけです。日本は人の循環が弱いので、そういう人たちが外に放たれて、スタートアップをバンバン始めたら、世の中は変わるはずだというのが1点目。もう1つは、日本語の問題が大きいなと思っています。どこにいても、日本人は日本人同士でかたまってしまう。そのほうが楽だからです。

尾原:シンガポールにいるのに、日本人でかたまっちゃう問題ですね。

入山:それが海外マーケットを攻め切れない弱点だと思っています。ただ、ここはこれから変わる可能性があると期待しています。今回は尾原さんとZoomでお話させていただいていますが、いま我々がしている会話は、そのうちテキストで自動翻訳できますよね。

尾原:グーグルとかはもうリアルタイムで字幕を表示できます。とくに英語から他言語への翻訳は、まったく問題ないレベルです。

入山:これからZoomのような新しいコミュニケーションプラットフォームに翻訳アプリが搭載されて、日本人も翻訳ベースでいろいろな国の人としゃべれるようになる。

尾原:言語バリアといういちばん高いハードルがなくなれば、個人が表に出てきます。

入山:逆に、いままで日本語バリアに守られていた会社はなくなるかもしれませんが、本当に力のある人や会社は、グローバルでも評価されるはずです。実はいま、世界でいちばん活躍している日本人は、サッカー選手と若手経済学者なんです。

尾原:若手経済学者も!

入山:なぜかというと、まずサッカーは言葉がいらないからです。Jリーグというプロリーグを立ち上げ、競争原理を導入してから30年近く経って、いよいよ久保建英選手のような、世界の第一線で通用する選手が育ってきた。経済学も同じで、経済学の共通言語は英語ではなく、数学なんです。

尾原:なるほど! 数式は万国共通ですからね。

入山:日本でノーベル賞をとっている人がほとんど理系なのも、数学でコミュニケーションできるからだと私は理解しています。

入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授慶應義塾大学経済学部卒業、三菱総合研究所で調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journalなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版、2012年)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社、2015年)。最新刊に、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』誌の連載をベースに、世界の主要経営理論30を完全網羅した史上初の解説書、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年)がある。(撮影:梅沢香織)

尾原:世界に通用するという意味では、料理の世界も同じです。先日、料理人の松嶋啓介さんに、「最近アジアのレストランがすごく台頭してきているから、美食大国日本もヤバいんじゃないですか」という話をしたら、「全然違う」と言われました。「世界中のミシュランのレストランに日本人がいる。こんな国は他にはない」と言うんです。考えてみれば、料理も言葉がいらない世界です。日本人は自分の好きなものを深掘りする力が強いから、言語に関係なく世界とつながれる分野では、いまでもいろんな人たちが世界中に散らばって探索を続けています。

 あと5年、といわず3年もすれば、ビジネス上の会話なら、ふつうのスピードで話してリアルタイム字幕翻訳で問題なく通じるレベルになるはずです。

入山:そうすると、日本人はグローバルに出ていけるチャンスが一気に広がります。いまの時点でそれができているのは、たとえば、こんまりこと近藤麻理恵さんです。こんまりさんのNetflixの番組は去年のグローバルコンテンツの1位でした。こんまりさんは、じつは、日本語でしゃべっているんですよね(笑)。日本語でしゃべってるんだけど、下にちゃんと英語の字幕がついていて。あの字幕を書く人がうまいらしいですね。

尾原:うまいんですよ、飯田まりえさんという方で。

入山:いい感じの英語らしいんですけど、それでNetflixのプラットフォームに乗って、一気にグローバルコンテンツになったわけです。ピコ太郎のPPAPだって、ヒットしたのは英語だったからです。あと、残念な結末になってしまったけれど、テラスハウスもNetflixで世界中で見られています。ただ、テラハは、言葉のコミュニケーションというよりも、あのダルい雰囲気が人気だった。

テラハ、スラムダンク、バーチャル背景――間(ま)と余白が生み出す魔法

尾原:そうです。日本人の「間(ま)」は、実は国際競争力を持つコンテンツなんです。認知心理学で「図(ず)と地(じ)」というときの「地」のことです。アメコミはキャラクター中心に描かれていて「図」ばかり主張するんですが、日本のマンガは余白である「地」が重要な役割を果たします。だから、井上雅彦さんの『スラムダンク』の最終巻(31巻)は、キャラクターよりも、シーンと静まった中でシュートをポーンと放つみたいな、余白ですべてを伝えるんです。

入山: あの巻、最後のほうはほとんどセリフがないですよね。

尾原:にもかかわらず、自分の脳内で勝手に補って、まるでセリフがあるように見える。ネットと余白は相性がいいんです、ずっとつながることが前提だから。そこで、僕たちはZoomでバーチャル背景に凝ったりする。これも、自分がしゃべることを、自分の余白で強化しているんです。

入山:なるほど、たしかに! アメリカ人とZoomをやる機会が増えてますが、彼らはバーチャル背景を使いません。日本人だけですよね、こんなにバーチャル背景が好きなのは。

尾原:そうです。ただ、アメリカでもミレニアル世代以下は使います。アメリカにおけるミレニアル世代は、中学生になったときにiPhoneとツイッターがあった人たちなので、日本人っぽいんです。社会につながるときに、ずっとつながるという前提で育ってきているから。

入山:尾原さんの本にも書いてありましたが、アメリカのミレニアル世代は、複数アカウントを持っているんですよね? 日本人ならふつうに複数アカウントを使いこなしているけれど。

尾原:5年前にアメリカのツイッター本社に行ったときは、「なぜ日本人だけ複数アカウントを持っているのか、教えてくれ」と言われて、「日本人は場によって別の人格が生まれる」という話をしました。たとえば、浮世絵師の葛飾北斎も、春画のときは「鉄棒ぬらぬら」という別名で描いていたりするわけです。

入山:北斎は春画も描いていたんですか。

尾原:『蛸と海女』がよく知られています。北斎は場によって名前を使い分けていて、画風も変わる。江戸時代には、俳句好き、狂歌好き、川柳好きが集まる「連」という小さな偏愛のコミュニティがいくつもあって、そこではお互いに「号」というペンネームで名乗って、その偏愛の世界を楽しむ町民文化が異常に発達しました。みんなでつながって過剰さの中で楽しみをつくろうという江戸末期の文化は、いまのインターネットにおける状況とよく似ているんです。

入山:おもしろい!

尾原:日本人は「間(ま)」を使った表現が異様に発達しているので、どんどん海外に出していけます。コムデギャルソンの川久保玲が世界で評価されたのは、黒の余白の使い方がうまいからだし、日本人の料理が評価されているのも、実は、お皿の余白の部分のソースのたらし方のセンスが抜群みたいなところがあります。

入山:器のわりに、料理は真ん中にちょこっとしか載っていない。

もしZoomにドワンゴの夏野剛さんがいたら……

尾原:でも、ちょこっとしか載っていないことに価値があるわけです(笑)。あと、Zoomでおもしろいのは、リアル会議だと声の大きな人ばかりしゃべって、他の人は黙って聞いているというふうになりがちですけど、Zoom会議だと、なんとなくみんな待ってくれる。

入山:全員同時にしゃべれないですからね。

尾原:そうすると、ふだん声の小さい人でも、だんだん発言できるようになる。実は、今日の対談も、入山先生とははじめてしゃべっているんですが、お互いにいい感じにラリーができています。

入山:言葉のキャッチボールをしようという雰囲気になりますよね。あと、Zoomでおもしろいのは、全員画面の大きさが一緒なことです。NPO法人ETIC.代表理事の宮城治男さんがおっしゃっていてなるほどと思ったのですが、社長だろうが大統領だろうが、ギャラリービューにすれば、画面のサイズが同じなんです。「究極の平等ですよ」と言われて「なるほど!」と思いました。

尾原:リアルの場だと、偉い人が上座に座ったり、全員を見渡せるいちばん奥の席に座ったりするけど、それがない。Zoomのように器が変わると、器に合わせて中身が進化するという考え方が好きなんですが、逆に言うと、プラットフォーマーの醍醐味は、中身がどう進化するかはわからないけど、器の中に進化するための余白をつくること。それが楽しいんです。

 茶道には「亭主七分に客三分」という言葉があるんですが、亭主が100%用意しちゃダメで、おもてなしと誂えを70%くらいに設計しておいて、残り30%をお客さんが喜んで埋めてくれるのが理想です。その余白が、思ってもみないようなケミストリーを生むわけです。

 ドワンゴの夏野剛さんとiモードを立ち上げたとき、待受画面がハネるなんて誰も思っていなかったけれど、夏野さんは「それいい!」と言って、即断即決で採用を決めました。

入山:いまの夏野さんのモノマネ、似てましたね(笑)。

尾原:すみません、乗り移っちゃって(笑)。夏野さんがすごいのは、4操作くらいで誰でも簡単に待受画面を設定できるようにしたことです。自分で好きな画像を探してきて、サイズを変えたり切り抜いたりすれば無料でできなくはないのですが、それだと面倒くさい。まさにフリクションレスにしたことで、その日の気分で待受画面を変える人が爆発的に増えて、待受画面が600億円もの市場になったんです。だから、もしZoomのチーフプロダクトオフィサーに夏野さんが入っていたら、いまごろはZoomのバーチャル背景市場が全世界で3000億円くらいになっていたかもしれません。

入山:本当にイケますよね、バーチャル背景。

尾原:いまなら、バーチャル背景とブロックチェーンを組み合わせて、全世界で100枚限定とか、合計表示時間10時間しか使えないバーチャル背景を売ることもできそうです。そうなると、「あなたは私のために期間限定の高価な背景を使ってくれるの?」みたいな価値が生じて、バーチャル背景が10万円で売れるかもしれない。

入山:ありえますね。

尾原:大好きな人にオンライン告白するときに、エリック・クラプトンがあなたのためだけに曲を弾いた動画がバーチャル背景で流れます、みたいなサービスがあったら……。妄想はいくらでも膨らみますが、これがフリクションレスが引き起こす過剰な進化なんです。それを引き出すために、「客三分」の余白をつくるのが大事になってきます。

入山:つくり込みすぎないで、ちょっとゆるめるところが大事なんですね。

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