一審(東京地裁)でも、二審(東京高裁)でも、事件性の有無を問われた。一審で13回続いた裁判では、病院関係者や女性乳房から採取された証拠の唾液様物質をめぐる検察側・弁護側の専門家証人が立ち、合計23人が証言をした。その結果、一審判決で医師は無罪となった。特に、科学捜査研究所の証拠作成の手続き等が厳しく指摘され、客観的証拠に関する議論となった(詳細は記事『手術後に胸なめた罪に問われた医師に無罪判決、問われた鑑定試料の保存』)。

東京高裁の看板東京高裁 Photo by M.F

 その後、検察が控訴した理由の主旨は「女性患者の被害証言、および、アミラーゼ鑑定やDNA定量検査の証明力は高い。左乳房から多量の被告人のDNAが付着していたこと、病室のカーテン内で女性患者と2人きりになったことなどを合わせて評価すれば、一審の判決には重大な事実誤認がある」だった。

 このため、東京高裁は、特に「せん妄と幻覚があったと診断できるか」「事件が起こった当時、女性患者が身の回りで起こったことを認識できていたか」を控訴審の争点として専門家を証人として求めた。本判決は検察側の控訴理由、および、検察側専門家証人の証言内容をほぼ認めたが、弁護側証人の証言は信用性が低いと判断された。

 また、術後の麻酔がかかっている中で動けないとする抗拒不能の状態、医師と患者の関係性に乗じたことは「悪質性が高い」とみなされ、執行猶予のつかない実刑判決となった。

 筆者は、その背景には(1)「性犯罪の特殊性」、(2)検察側・弁護側証人の「せん妄(*1)・幻覚」の証言の観点の違いが影響を及ぼしたと考える。これらの点について専門家のコメントを交えて解説する。

*1せん妄とは、手術時の麻酔の影響等で起こる症状で、リアルな幻覚体験を伴うことがある。特に、性的な幻覚を体験した場合は、海外でも裁判になった事例がある(せん妄に関する詳細は記事:『入院中に家族が認知症かもと疑う「意外な症状」の正体』

当事者証言が
判決に重く影響する

 性犯罪は二者関係(加害者と被害者)で生じることが多いため、目撃者や客観的証拠が少なく、当事者となる被告人と被害者の証言それぞれの信用性が問題となりやすい。特に、被害を訴える側の証言を重く見る傾向が強いという。

 今回の判決でも、おおよその主旨は「女性患者の(公訴事実に対する)不快感と屈辱感、一方、医師が患者に対してそんなことをするはずがないとも考えるなど、気持ちが揺れ動く様子は迫真性があり生々しく、LINEのメッセージの内容と符合する。直接的証拠として強い証明力がある」などと判断された。