実際、例えば政府の対策本部の開催状況を見ると、5月までは頻繁に開催されていたのに、5月25日に緊急事態宣言解除を決める対策本部が開催された後を見ると、6月は表面上3回開催されていますが、そのうち2回は“持ち回り開催”(配布資料をメンバーに配布するだけ)なので、実質的には1回しか開催されていません。

 そして最悪なのは、西村大臣が6月下旬に、コロナ対策の専門家会議を廃止して、感染症の専門家のみならず経済学者や自治体首長などを加えるという、ごっちゃの構成の分科会を新たに設置すると表明したことです。

 これがいかに最悪な対応であったかは、原発問題を考えていただければ分かるのではないかと思います。

 福島第一原発の事故が起きた後、経産省という一つの組織が原発の規制と推進の両方を行っていたことが厳しく批判されました。同じ一つの組織で規制と推進をやっていては、特に電力業界を所管する組織でそれをやると、当然ながら推進の方に力点が置かれ、規制が緩くなるからです。

 そこで、今は原発の規制は環境省(原子力規制委員会)、原発の推進は経産省という形で、規制と推進の権限が別の組織に分けられ、両者をバランスよく進められる体制になったのです。

 この原発問題との対比でいえば、西村大臣が行なった専門家会議の分科会への衣替えというのは、感染拡大の防止という“規制”の専門家の組織に、経済活動の再開・拡大という“推進”の専門家である経済学者を入れたに等しいといえます。

 もし感染防止と経済活動をバランスよく両立させたいなら、本来は、感染症専門家だけで組織された“規制”を検討する専門家会議は維持し、それに加えて、経済学者などが経済活動の“推進”を検討する会議を別に新設し、官邸なり西村大臣が両方の独立した意見を踏まえて、感染防止と経済活動をバランスよく進められる体制にすべきでした。

 そうした当たり前のことを無視し、明らかに間違った組織替えをやってしまっては、感染防止という“規制”と経済活動の“推進”をバランスよく進められるはずがありませんし、何より、政府は感染防止よりも経済活動の方に舵を切ったと受け取られて当然です。

 なお、この観点からは、経済政策を担当する西村大臣にコロナ対策の担当を兼任させた官邸の判断自体も、1人の大臣、特に本務が経済で経歴も元経産官僚と明らかに“推進”の側に偏った大臣に、“規制”も担当させたという点で間違っていたといえます。

 いずれにしても、政府がこのように感染防止よりも経済活動の再開・拡大に偏ってしまっては、世論や政府の風を読むことに長けた小池都知事が、緊急事態宣言解除以降は感染防止に関して無策であったのも止むを得ないのです。

いかにこの人災を乗り越えるべきか

 以上から明らかなように、7月に入ってからの感染者数の激増は、基本的には小池都知事の無策と西村大臣のバランスを失した対応による人災と言わざるを得ません。

 7月16日になって、赤羽国交大臣がGo Toキャペーンから東京発着の旅行を対象外にする考えを表明しました。これはある意味で、特に小池都知事の無策のツケを、東京都民と東京の観光に関連する事業者がもろに負うことになったといえます。もし今後さらに全国レベルで感染者数が増加して、万が一にもまた緊急事態宣言となったら、全ての国民や企業が、この2人の人災のツケを負うことになるのです。

 だからこそ、東京の市区町村の首長には、都知事は頼りにならないと思って感染防止のための独自策をどんどん講じてほしいです。また、東京以外の他府県の知事は、東京を反面教師に、これまで以上に知事が率先して感染防止策を講じないといけないと意識するべきでしょう。そして最後に、官邸は今の政府の体制で本当に感染防止と経済活動拡大をバランスよく実現できるのか、よく考えてほしいと思います。

(慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 教授 岸 博幸)