8年前にも指摘していた
グローバル戦略のなさ

 香港の商標登録出願行為を見て、「むしろ世界の馬路村になったのではないか」と受け止めて、慰めるコメントを書いた日本人が多かった。その優しい気持ちは分かる。

 しかし、ビジネス世界はもっとドライだ。中国を含む海外に対して最も先に、最も力を入れて馬路村を宣伝してきたと自負する私から見れば、やはりこうした状況は非常に悔しい。

 今から数えると、十数年前のことになる。日本航空の招きを受けて地方のインバウンド市場を広がるために、高知県を訪問した。そのとき、私はすでに馬路村に目を付けており、訪ねたいと申し出た。その後の紆余曲折を経て、2011年に高知県観光振興部の手配で、ようやく念願の馬路村に足を運ぶことができた。

 その時、同部の久保博道副部長(肩書は当時)が自ら馬路村を案内し、かなりの時間をかけて意見交換をした。その時、久保氏から投げかけられた質問は、今でも印象に残っている。

「莫さん、なぜ観光地でもない馬路村にこれだけ関心を持つのか」

 インバウンド事業を広げるには、東京から見れば、遠く離れた高知県に中国人観光客を送ることは非常に困難だ。だが一方で、中国には農村が非常に疲弊しているという課題があった。山間部地帯になると、問題がさらに深刻化する。

 そんな中で、村おこしに成功した馬路村の経験は、中国の農村、とりわけ山間部の農村にとっては非常に有意義なものだ。その存在を中国に知らせれば、どんなに距離があっても、きっと農業関係者や政府関係者などが高知県を訪問するだろう。そのような視点で私は馬路村を意欲的に中国に紹介した。

 実際、馬路村を訪問してみると、その成功に深い感銘を受けたと同時に、大きな不安も覚えた。8年前の12年3月8日、以下のような感想をダイヤモンド・オンラインに書き残した。

「しかし、その成功談に耳を傾けて安っぽい賛辞を送るのは私のポリシーに反する。馬路村が直面している課題も気付いた。通販で確保した顧客は、それ以上は増えていないし、客のリピーターの年齢を見ると、50~60歳の人がほとんどだという。つまり20年前から馬路村を熱烈に支持してきた人々が、今でも馬路村を支えている。若い新規顧客の開拓は思うほど順調ではないと推測される。もう一つの問題は、海外との接点が全くないということだ。グローバル時代に突入した今、それが致命傷にもなりかねない。しかし、馬路村はどうもまだその課題を正面から考えていないようだ」

 私はコラムや講演などで馬路村のことを紹介したら、いずれ販売方法や商標問題など、ブランド戦略にかかわる問題が起こるだろうと思っていた。だから、馬路村の海外ビジネスに対する意識と姿勢についての懸念を、私は何度も馬路村の責任者たちに伝えた。

 しかし、回答は毎回ほぼ同じだった。

「私たちは日本国内の商売に集中しています。海外のことは現在のところ、考えていません」